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古事記から見る神風連⑤

③島々の誕生

伊耶那岐の命と伊耶那美の命は互いに意見を交わし、天つ神の指示を得るべく高天の原へ戻る事になった。神が占術により言うには伊耶那美の命が先に口を開いた事に原因があると説き再び下ってやり直す様に伝えた。
それから二神は再び下界へ降りて同じく天の御柱を軸に左右より回った。今度は伊耶那岐の命から口を開いた。
「なんと可愛らしい乙女であろう」
伊耶那美の命が続いて言う。
「なんと素敵な御方でしょう・・・」
そうして同じく契りを交わし漸く生まれた子が淡道之穂之狭別の島(あわじのほのさわけのしま)すなわち、淡路島であった。次いで、伊予之二名の島(いよのふたなのしま)すなわち四国と続いた。以下がそれ以降生まれた島々となる。

隠伎の三子の島(おきのみつごのしま)・・・隠岐島
筑紫の島(つくしのしま)・・・九州
伊岐の島(いきのしま)・・・壱岐島
津嶋(つしま)・・・対馬
佐度の島(さどのしま)・・・佐渡島
大倭豊秋津島(おおやまととよあきづしま)・・・本州

以上六つと先に生まれた淡路島、四国を含めた八つの島を合わせ、大八嶋国と言われた。後、更に吉備の児嶋(岡山児島半島)以下六つの島をも生んだのである。
こうして所謂日本列島基盤が成ったのである。


日本列島は古来こうして誕生したと信仰されていた。
近年、ご存知の通り中国大陸と陸続きであった日本は様々に起こる地球の変化によって大陸より切り離され今の様な島国へと進化し至るものである。
古事記を読んでいると、現代人では有り得ない、馬鹿馬鹿しい夢物語よと思える所も多く書かれている。そうした、今と昔の捉え方の違いを感じながら楽しむのも良いかもしれない。

<参考>
古事記:島崎晋 著
担 当:しげはる(^^)

古事記から見る神風連④

②夫婦の契り

天の御柱を中心として、二神はそれぞれ別の方向へ立った。伊耶那岐の命は左から伊耶那美の命は右からと、約束して二人の神は柱を軸に回った。
ばったり出会った所で伊耶那美の命は先に口を開くのである。
「なんと素敵な御方でしょう・・・」
それに続いて伊耶那岐の命も口を開いた。
「なんと可愛らしい乙女であろう」
互いを褒めてから、伊耶那岐の命は一言、
「女が先に口を開くのはよくない」と言い添えるのであった。
やがて、二柱の神は交わり、そうして身体に障害をもつ水蛙子(ひるこ)が生まれ次に淡嶋を生んだが同じく身体に障害を持つ子であった為、二神は子等をそれぞれ葦の舟に乗せて流し、子とは認めなかった。

歴史の中での男女間の役割、そして蔑視差別など様々に問題を抱えて今日に至るが、こうした古代よりの伝承がその一因として日本人意識に影響を与えているものとは気付きにくい。
昔から・・・と言われそのまま何事も思わず受け入れ繰り返した事柄が何らか物語などによって知れ渡り伝えられたであろう事が、こうして呼んでいく中で感じられるものである。古事記や様々な文書などを通して人物伝や教科書から知りえない一般庶民の意識(思想)がどこから生まれたものか、僅かにでも感じ取れる所かもしれない。神風連の生きた歴史を知る手がかりとして、こうした神話や物語は、重要な資料である。

記:しげはる

古事記から見る神風連③

(2)日本誕生

①二神の特命

補足となるが、高天の原に生まれ住む神々を天つ神と呼ぶ。彼らは伊耶那岐、伊耶那美二神に命じ、大地を固め形成整うよう下界へ渡れと言われ、天の沼矛(あめのぬぼこ)を授かって、下界との中間点である天の浮橋へと舞った。
二神は上に立って矛をそこから掻き混ぜて抜き取ると、矛より下へ海水が滴り落ちそれらが積水し重なり合う事で島が誕生した。
これこそが於能碁呂嶋(おのごろしま)である。二神はここへ降り立つと、天の御柱という清らかな柱と八尋殿という御殿を建て住まったのである。これらが一段落するやいなや、伊耶那岐の命は伊耶那美の命へ向き直り尋ねた。
「お前の身体はどうなっておるか」
「私の身体はほぼ出来上がっておりますが、一つ欠けた所がございます」
と、伊耶那美の命が答えると伊耶那岐の命は再び伊耶那美に尋ねる。
「私の身体もほぼ出来上がっておるが一つ余分な所がある。これでお前の欠けた所を補い国土を生み出そうと思うがどうであろうか。天の御柱を互いに逆回りし出会う所で契りを交わそうではないか」
そう言うと伊耶那美の命は即座に答えた。
「よろしゅうございます」と。

二神はこの後も数々の島や元素を生み、日本を形成するわけだが、神を創造主とするものではなく、極当たり前の生命の営みの中で生まれた自然を教え、全てのものに宿る神の姿が描かれていると解釈する。神風連のみならず、古代日本の思想が、自然との共存をいかに大事としていたのか、古事記など神話を読んでいくと自然に纏わる記述からうかがう事ができます。

<参考>
古事記:島崎晋 著
担 当:しげはる

古事記から見る神風連②

1.天地創造と神話の起源
(1)神代七代
かつて、天地は一つとされていた。それが何らかの影響にあって
二つに分かれた時、最初の神が現れたと言われている。
高天の原に姿を現した最初の神こそ天之御中主の神(あめのみなかぬし)であった。そこから次々と神々が誕生し、高御産巣日の神(たかみむすひ)神産巣日の神(かむむすひ)といった。高天の原とは即ち神住まう天界であり神々を数える時、「柱」という言葉を用いた。今誕生した神を数えるとするならば3柱という事になる。また、彼らは男神、女神の区別無き独神(ひとりがみ)であった。話を戻すが、この最初の神々は特に何かを成す訳ではなくいつの間にか姿を消してしまった。
まだ「地」が定まらぬ頃、新たに2柱の神が生まれたがこれもまたすぐさま姿を消してしまった。これまでの5柱の神は神々の中でも特別とされている。
国之常立の神(くにのとこたち)、豊雲野の神(とよくもの)、宇比地邇の神(うひじに)、須比智邇の神(すひちに)、角杙の神(つのぐい)活杙の神(いくぐい)、意富斗能地の神(おおとのじ)、大斗乃弁の神(おおとのべ)、於母陀流の神(おもだる)、阿夜訶志古泥の神(あやかしこね)、伊耶那岐の神(いざなぎ)、伊耶那美の神(いざなみ)など男女五対の神が誕生し、彼らを神代七代(しんだいななよ)と言う。

一般的に有名な神として、伊耶那岐、伊耶那美の神が知れており天照大神など日本神話で主神とされ神風連烈士の崇敬する神も彼らの身体を以って誕生するのである。今後神風連のものの見方考え方の理解を深めるべく、彼らも触れたであろう記紀やその他資料を読み随時紹介して行こうと思う。

参考:島崎晋著「古事記」

古事記から見る神風連①

*神々の誕生*

ユダヤ、キリストなど天地創造以前よりあるとされる神を抱える
一神教の理念は神こそ万物創造の主であり、永久不変の存在として
描かれている。
それと対するものが多神教であり、神々の存在は万物創造から後に
生まれたものであるという考え方である。
日本で生まれた「古事記」などの物語はどうであろうか・・・。

古事記を読みながら、神風連を違う角度で捉えてみる事とする。
彼らとて一度は学んだ日本の起源とも言うべき資料であり、また
日本思想の原点とも言えるものなのでぜひともこれを読解したい
ものである。


参考:島崎晋著「古事記」

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