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本日は

河上彦斎先生の誕生日です。
当時は命日を特別な日としていましたが、誕生日は特に祝い事をしなかったそうですね。
偲奉会では、この偉人の功績に畏敬の念をもって、誕生の日何時ものように、厳かに過ごしています。

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大河ドラマ

久坂玄瑞については、別邸で取り上げておりますが、
今回の主役がまさかの妻・文が題材でびっくりですね。
さすがに女性主役との事で、歴史のアレコレは特に深く
拘ってはないのかもしれません。
あっさりしたストーリー展開で史実だの知らなくても誰にでも読める
ホームドラマな雰囲気は良いと感じます。

歴史を学ぶのではなく、あくまでドラマとして。
文さんの生涯はどちらかというと、ひたすら待ち続ける日々だったろうなと。
文さんに限らず、この時代は皆そうだったのでしょうが、彼女の場合は
多くの志士達の支えにも中継役にもなったのではと思います。
あの吉田先生の家族で一番可愛がられたと言われてますからね。

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神風連義挙

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本日は、神風連義挙があった日です。
例年通り、この日はゆっくり烈士らを偲び、文書(もんじょ)を読みつつ静かに過ごして居ります。
近年は、日本と近隣の領有権問題に発し、左右活動が活発になっております。
烈士らが掲げる思想は全ての原点と思われる古来日本独自の信仰を交えたものですから、ネットを始めとする情報化社会に流されることなく、彼ら先人の自然の倣いに沿った信仰思想を基調とし、日々日本人として正しく歴史を学び周囲にながされもせず、冷静にありたく思います。


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神風連烈士和歌

常しえにゆるかぬ谷のいわ床に
      萬世しめて遊ぶ亀かな

               羽田真足

細川家に仕え、御中小姓を務める。
歌人としても名高く、蓬園と名乗る。
長瀬真幸に歌学を学び、林櫻園の元で国学を究める。
明治の世では、肥後の歌壇の重鎮となった。

義挙に加わった人ではないが、神風連を取り巻く人士の中で、彼ら同様に櫻園門下という繋がりを持った人物である。
熊本はこうした国学者のみならず、歌学など芸術文学なども盛んな場所であった。
熊本城に神風連事変という武家・神道の印象が強い為、ある種思想的な面に目が向いてしまうが、その中に息づく文化もしっかりと学びたいものである。

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本日は

遅くなりましたが河上彦斎先生の命日です。
今日はなんとなく静かに過ごしました。

報告

色々ありましたが、やっとこさ時間が取れたので今年度の維持会費を神風連資料館殿に納めてまいりました。
本年3月に宇気比(会報)が送られてきた際に、特別維持会員にされていて驚いた記憶があります。
それから行かねば行かねばと思いつつも日々の雑務に手を取られ、すっかりご無沙汰に。
熊本行きは夢となりつつありますが、せめて資料館の維持にでも貢献しようと、維持会員に参加させていただいております。
当会に参加されている方々の中で、積極的に維持会への参加を頂いている方には感謝いたしております。
また、来熊された際の報告を掲示板やメールにて連絡いただける事は嬉しいものです。

今年は熊本市の政令化ともあって、一層地域が栄えるかと期待する一方、神風連資料館には、是非ともその本文を最後まで違えず、真っ直ぐに彼らや彼らを取り巻く人々、後継として活動されている方々の拠り所となって頂ければと思っております。
私も寄付という格好でしか協力は出来ないのが現状でありますが、一先ず、報告まで。


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宇気比より

神風連維持会への参加させていただいて、数年になりますが、定期的に「宇気比」という会報が送られてきます。
その中の最後に、理事長様の挨拶がある訳ですが、日本人というものに対する危機感といいますか、憂いを帯びた文言がありましたので、一つ同調の意味で書かせていただきます。
※当然そのまま抜粋ではありません、簡潔な内容を記しています※

先祖への思いが薄れつつある事への寂しさと、何とかしなければという焦燥。遺族も130余年経過し、玄孫の代に突入している。
日本の傾向として、ここ数年来、民族意識が薄れてきたという感はある。そして、先祖と血統という感覚は、当然だが個々の人間を評価する時代に於いて、無意味とも捉えられ易い様だ。身近にそういった墓参りまでは慣習として残っていても、その先にいた祖先にまでは辿りつかないもとい、関心事として取り上げられない方も多く居る。環境を考えても、仕方ないことであるが、もっと関心を持つという事が様々な事柄において、重要な事かもしれない。

かつて自分と同じ、自分の一番身近な先人がどうやって生きていたのか、何を生業としていたのか、どんな環境にあったのか。
日々、流行や娯楽の情報を必死に手繰ろうとする中で、一つ過去の人々から何か関心事項を見つけて欲しいと思うものである。
私も、そう思いつつ自分の少し前の幕末期頃の先祖まで何とか遡れないものか調べを開始したが、志士達の様な行動は残念ながら見つけられなかった。それでも、歴史に埋没して平凡に生きていたにせよ、どんな生き方をしていたのか、何をしていたのかは大変興味深く、楽しいものだと思った。

自分で調べ、親兄弟へ確認を取るなど、作業しながら、遺す事の難しさも痛感した。伝え方に迷うというのも、一つ感じたことである。神風連の思想や人々の様を知り、伝える作業は、遺族を初め様々な方が取り組んできたことである。
それらを、更に次の世代が新たな情報と共に伝え遺すのは用意ではないと思うが、それでも何もしないよりは良かろうと思う。
子孫を名乗る方々からのメールを頂くたびに、知っている知らないではなく、関心を抱いて訪問してくださる事を嬉しく想います。
私も、勉強途上だが、一緒にそうした人々との輪を作りながら、必死に遺そうとされている資料館、関係者の方のお手伝いになればと思う。


※先月初旬より繁多であった為、御無沙汰していた件につきまして、お詫び申し上げます。今後とも、不定期ではありますが、頑張って活動を進めてまいりますので、よろしくお願い致します※


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