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初志貫徹の志士達

日々に進む欧化に歯止めを掛ける事もままならぬまま、一党は悶々と神に祈りながら協議を重ねていた。
彼らは、ある時、国家体制を挽回すべく、やはりいくつかの議案を定めるが、果たして何れにすべきであるか。
ここで、「敬神党」に由来する通、神慮を伺うといった手法を選択する。
古事記でも、資料でも既に幾度か記載されてきた“宇気比”である。
この時、三案示されたが、以下の通りである。

・政府へ建白し、政を改めさせること
・刺客となって奸臣を誅すること
・挙兵によって体制の挽回を図ること

首魁とされる太田黒は、新開神宮にて宇気比を乞い、神の意思を占った。
建白の他は武力による訴え、現代で表現するならば彼らの行動はテロと言われるだろう。
しかし、彼らにとってこの宇気比の項目は志を貫徹せんという命がけの訴えであり、それを示す手段であった。
だからこそ、何れが“可”と出るか、一党が固唾を呑んで見守る訳だが、結果は意外なものとなる。

三案共に“不可”。

一党は落胆するが、太田黒はただ一人、冷静に結果を捉えていた。
「御神慮が許されなかったのは、我々の力足らず故、大事を成す事はできないという事であろう。日頃信奉するところへ従い益々に天地神祗に懇祈し、心力を尽くす他無い。これも林先生の遺訓であり垂教の基本であろう(神風連実記より一部抜粋)」
太田黒氏のこの言葉に、誰より深い信仰心・憂国心と共に、師である林桜園への絶対的な信頼というか、そうした彼ら師弟の骨肉にも劣らぬ絆の様なものが垣間見える。
林大人が太田黒伴雄という人物に対して、後継とも言えるほど期待していた事が、こうした双方資料を通して、伝わってくるものである。

神風連と蔑称され、狂信者だの賊徒だのと長年歴史の闇にあった烈士たち。
日本の文化や価値観など薄れつつある現代において、彼らの守ろうとしたものと、命がけの心を学ぶ中で、この先何を次代に残すべきか。
何が今必要であるかを、歴史を知り見直すべき時であると思われる。

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HPが

バグを起こしてしまいました
しばらく復旧作業に取り掛かろうと思います

絵ばっかり・・・

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しげはるさん仕事しなさい。
124人目の神風連志士以幾子さん

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やっぱペンタブはイマイチ

ペンタブで凄いイラスト描いている人がいますよね。
あれってどうやって描いてるんでしょ?やっぱフョトショエレメンツでは限界があるのでしょうか?


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大楽源太郎伝を描かないと・・・

彼の最期も分りません・・・。でもなかなか描けないんですよねぇ
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蘭学を学ぶ志士達

肥後勤皇党そして神風連(敬神党)、彼ら志士は歴史をざっと読むと、一見明治維新まではとことん異国を忌み嫌い攘夷を唱え、文化を排斥する思想を頑固に守っていると捉えがちである。

当然、神風連烈士らに限らず、それが一般的な攘夷思想の人々の思いだと思うものだが、意外にも当時神風連烈士らが師事した林桜園大人は“蘭学”を彼らに手ほどきしていたと記述されていた。

林大人は「海外の事を知る事も必要」と、自ら書を読み解き始めた。文政十二(1829)年、彼が三十三の歳である。
外地の国情を知り、その力や価値観、そういったものを学ぶ事が、きっと先々日本の為、外交策に結びつくものと先見の眼を持っての事か。はたまた、“敵を知る”という事は、祖国防衛や後に唱えられる攘夷に欠かせぬ事とも、早々から考えていたのだろうか。

この姿勢が、彼に師事する人々の内にも浸透し、斉藤求三郎、上野堅五、井戸勘兵衛など尊皇攘夷を掲げた志士達を蘭学者とせしめたのである。

意外にも、進歩派として名高い、横井小楠ら一党にはこうした蘭学を学ぶ者は無かったという。
一部であるにせよ、全く受け付けぬであろう尊攘の人々に受け入れられ、開国に向かう人々が一読しなかった外国の学問というのも、何ともおかしなものである。
神風連や勤皇党の人々、そして彼らにそれを薦めた、林桜園大人の学に対する熱い思いと、国の先を冷静に見据え、必要ならば取り入れる深さ。
我々現代人には、もっと先人より学ぶべき事は多々あるものと思い知らされる。


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フォトショップエレメンツ

アップロードファイル 435-1.jpg

で、描いてみたんですがイマイチ機能が分りません。
しぃちゃんはもっと分らんし・・・
練習あるのみですね!

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ペンタブ買い直しました。
まだ機能等扱いなれていませんが徐々にイラストアップ
して行きたいと思います。
久しぶりに彦斎のイラストを描きましたが難しかったです;
やはり5年のブランクは大きすぎました。
ペイントファイル 5.png