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神風連義挙

旧暦9月24日に烈士らの挙兵がありました。
現行の暦にすると、本日な訳ですが、やはりこの時期は一気に気候が変わり、涼しいから冷えるという表現に変わってまいります。
ちょうど、風も穏やかさを通り越して強く吹きつけ、寒いなと思えるのですが。
烈士らが発ったその日も、秋風が冷たく吹いていたという事で、歴史の「その時」は常に何年経っても繰り返されているものだと痛感するところであります。
私は広島で暮らす中で、当然地元の負の歴史を知るわけですが、あの8月6日が雲ひとつ無い晴天であり、夏の暑さ真っ盛りという気候について、60余年前のあの原爆の日と同じ気候が毎年変わらず繰り返されている事に、温暖化だの自然環境の変動だの騒がれながらも、幾重に時代を超えながらあの日と変わらない気候を僅かでも保っているという事に、自然の大きさと歴史というものへの認識を改めて感じさせられます。

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色々熱い国

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17日付の香港各紙は16日に中国各地で起きた尖閣諸島問題をめぐる反日デモについて、各大学の政府系学生会が組織したものだったと伝えた。中国政府は「一部の大衆が日本側の誤った言動に義憤を表明した」と説明しているが、実際には官製デモだったことになる。
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生き神様と呼ばれた志士達

神風連烈士らが各地広域の神社へ奉仕する事になったのは、これまでにも何度か掲載してきたが、その信仰心の深さと後世に残されたあの戦い故、狂信者的な印象を持たれ、また時の政府によっても国賊よと汚名を被された烈士らだが、当時神職に就いた彼らへの民衆の対応というのは、全く異なるものだったようだ。

たとえば、正院神社に務めていた一党の幹部である富永守国。
彼は夜明けと共に清流で禊をなし、太鼓を叩き国家興隆と近隣の安全の祝詞を上げることを常としていた。
また、ある時は隣村のお宮祭礼に向かった際、献じる三宝を目の高さに両手で奉げたまま木履を履いているにも関わらず、姿勢を崩すことなく祭事を見事成されたという逸話もある。
こうした烈士らの信心深い行いは各地で神職に就く以前より、その尊に対する姿勢を知られていたから、民衆は大いに喜び彼らの就任を迎えたという。

そうして、富永氏の場合はやはり、その姿勢こそ人を逸して神聖さすら感じたのだろう。生き神様と呼ばれていたとの事である。

歴史の中では敗者はただ蔑称蔑視の論が出回るものだが、権力から離れた小さな人々の輪に入ると、こうした違う人物の一面を垣間見ることが出来、真の日本史を知る機会を得るものである。


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善し悪し

東西ドイツの国境の長さをタイトルにした「1378キロ」。プレーヤーは市民と兵士のいずれかを選択。市民は西独を目指し、兵士は時に発砲して阻止する。
-中略-
これに対し、西独に逃亡しようとして犠牲になった東独市民の遺族が反発。旧東ベルリンにある東独秘密警察(シュタージ)の政治犯収容所跡地、ホーエンシェーンハウゼン記念館のクナーベ館長は「開発前に遺族と話し合うべきだった」と批判した。
(時事より抜粋)

武器で相手を傷つける類のゲームは何年も前からありますが、余りに臨場感ありすぎるのも、やはり問題なのでしょうかね。
自分がそうした遺族の立場であったならば、失った家族がどの様な環境下で殺されたのか、感じ取ってしまうし、面白半分で開発したものでないにせよ、全ての人間がそうではないと思ってしまう故の反発を起こしてしまうだろう。
安易に再現する事の善し悪しを考える、良い機会になったのではなかろうかと思う。

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