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主張する所はやはり

礼儀廉恥を尊び、忠孝仁義を国風として西洋諸国の食欲利富に飽かざる夷風とは固より日を同じくして語るべからず・・・

太田黒伴雄ら敬神党烈士等が崇敬し、深くその教えを信じた林桜園の主張はこうであった。
現代の我々にも痛感する所があるが、近年礼儀廉恥という所を余り重く捉えず、個性・自由な気風の流れにある環境は、明治維新によって明らかに流れ込んできた西欧的な風潮であると感じずに居られない。いや、むしろそれすらも凌駕する様な礼に欠く面すら目立ちつつあるこの頃、日本独特の礼儀作法という文化はすっかり「古風」という言葉で括られ、装いや生活様式の中では「和風」と表現されるものが現れ、元来日本人が育み大事に継承してきたものが遠い過去の・・・別世界のものと感じられる事に大変な危機感を覚える。
そうした寂しさ故か、本来あるべき民族性を失いつつあるのか、戦国や幕末といった時代への憧れや或いは羨む気持ちが芽生えているのだろうか・・・ブームという不思議な現象が起っている様だ。
一時のブームで終わらず、日本の良さを歴史の中で感じ取り、せめて心ないと復古へ向かって貰いたいものである。
今も魅了する古き日本の生き方。
その中に、今日の瞑想する日本にとって、何か活路見出せるのではと期待し感じさせられる所である。

どうなります事やら

日教組の第58回教育研究全国集会が21日、広島市内で始まる。全体集会のほか、23日まで26会場に分かれて、教育現場が抱えるさまざまな問題を報告、討議する。
教育格差やいじめ問題のほか、今年4月から先行実施される小中学校の新学習指導要領への対応などが、主なテーマとなる。
昨年は、全体集会会場を予定したグランドプリンスホテル新高輪が契約を破棄。初の全体集会中止という事態となったが、今年はこうした動きはないという。(中日新聞より抜粋)

さてはて、どうなりますか。
近年は然程に見なくなった街宣車、今回は…・э・

神風連和歌

家も身も省みなくて国の為尽くす心は神ぞ知るらん
               工藤 省吾氏

変わり行く世にしあれども春秋の花は咲くなり昔ながらに
               齋藤 堅蔵氏

成る程なと感じさせられる所、今こそ必要であろうかと思う精神。
様々な事を烈士達の和歌は考えさせてくれるが、国というものへの誇りをいつ持つのか、それを考える機会が今こそ必要であるが、なかなか時間的な精神的なゆとりもなく、日々何気なく過ごしている気がする。
諸外国との外交や様々に変わり行く生活環境。
文明開化より進化してきた我々の生き方と思考。
急激に変わる世の中に対処しきれなくなった人間が、この先どこへ行くのか。このまま、変わることなく四季の花々や自然が無事巡ってくれるのか、不安は募るばかりである。

神風連烈士の自然に与えられるもの全てに宿る八百万の神という信仰とそれらの意思を繋ぐ為の王政。こうした古き日本独自の優しい信仰を学び、倣いつつ今できる環境保全を少しずつ実践して行きたいと思う。

むむ・・・・

アイコン

インフルエンザがピークらしいですが、幸い周辺では余り見かけません。その代り、普通の風邪とノロが大流行。
私もそれに見事HITし、年末はキューっとのびて居りました。
動作も回復も正にノロノロと、その名の通りと言っていいのかどうか・・・本当にじりじり待たされて苦しんでやっと解放されたこの頃です。
会員さんや神風連関係者の方よりメールいただく事もしばしばありますが、それにしても。皆さん大丈夫でしょうか。
つつがなく、お元気に日々過ごされるよう、神明に祈りつつ、
私も年始から早1ヶ月経過した今日、無駄なく1日1日大事に且つ健康的に過ごして参りたいと思っております・э・

しげはる

義挙の引き金

敬神尊皇攘夷を掲げる神風連思想。
何故あの義挙が起ったのか、発端を整理してみると、次のことがあげられる。

攘夷とはそもそも、「夷荻蔑視及び撃退」を志すものであり、水戸を中心に全国へ展開された諸外国の高圧力への反対運動の事である。
これを広め、尊攘のスローガンを掲げてきた志士達はやがて討幕へと方向を転じ、遂に幕府から政権を返上させ明治維新を実現させた。尊王と攘夷を掲げて戦ってきた志士達は、明治政府を樹立。
当初目標である攘夷の為樹立された政府であるが、攘夷の不実行や欧化策を推し進め、日本の国体そのものを危うくし、自らの公約とも言える「攘夷論」すら危険思想と排除の体制を布いていくと、当然だが、攘夷を目指して台頭してきた志士達の不満は次第に膨らみ、各地で事変の勃発とかつての同志が敵対するという悲劇を生んでしまうのである。

神風連烈士等とて、幕府を護り鎖国体制を護る気持ちがある訳ではなかった。ただ、念願叶い王政の復古が実現した後も、虐げられた植民地的な外国戦力の駐屯状況は変わらず、寧ろ幕末期以上に亥荻の国内滞在を容認され、政府の政策による民衆の警戒心そのものが緩んできた事への危機感と憤怒を煽られるものとなった。
烈士等にとって、この攘夷不実行以外に決定的に戦いへとその意識を向かわせた政府の政策や動きがある。
明治五年の神祇省廃止による、天皇を最高神官とし祭祀と政治の一元化を成す所謂「祭政一致」がカモフラージュであった事。
明治四年に起きた、敬神党一党にとって同門である河上彦斎の処刑は明治政府の最大の敵がかつての同志、勤皇派である事を明確にした裏切りとも取れる事件。
恐らく、志士達の怒りを最も買う政策として、廃刀令と断髪令による前項にも述べた、日本古代の神権政治より始まる刀剣等への信仰そのものを否定する行為。
最後の廃刀令に対しては、文化云々以前に士族階級にとって「命」と称し、武家権力の象徴ともされる刀を奪われる事への屈辱と見られ、神風連に限らず、秋月や萩など他方での事変の動機とも繋がっている。
現代社会においても、内容は大分違うが定額給付金にせよ、税制にせよ、我々一般大衆にとって余り救いと成らない法案ばかりが次々成立している。給付金に使う費用を雇用福祉に少しでもと願いつつも、高みにある国政の場から我々地に住まう人々の所謂民意は見えないものか。
危機感を抱きつつも、伝わらず変わり行く時代に烈士等の焦燥感や嘆き、苛立ちはどれほどのものであったろうか。
昨今、立場や状況は違えど難局にあって、神風連や志士達の足跡を追い、我々が今後日本で成すべき事を考えていかねば成らないのである。