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動物占い

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友人の紹介で、占いなぞやってみましたがな。
やってみたら、結構?まずまず?当たっている気がします。
皆さん、既にやった方もいると思いますが(友人が知っている位なので)色々な人の性格判断に使えるかもしれませんので、是非またやってみてください・э・

http://woman.excite.co.jp/fortune/magical/
(動物占いの進化より)

ちなみに私は、
「新月グループきらきら組のたぬき」

・・・だそうです。


しげはる

以幾子だ

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己の信念のたなら、女のみでありながら抜刀も辞さない。そんな以幾子さんを描いてみますた。肌蹴すぎだがまぁいいや。
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休養

やっと涼しくなってきた(夜が)と油断して夜風を堪能しつつ、毎晩過ごしておりました所、見事にHITしました。
遅まきの?夏風邪頂戴しましたがな・э・
本日は仕事も休養頂き、のんびり養生に励んでおります。
暇になるとこうして、今後を考えつ記事をのせております。
ぼちぼち神風連の記事を更新して参ろうかと思案しつつ。

しげはる

昨晩の雷雨

8月は思ったとおりの猛暑でありました。
まだまだ、半ばに差し掛かった所ですが、これだけ暑いと
毎日終わるたび、グッタリしますね。
昨晩も夜明け近くに凄まじい雨と光で目覚めてしまいました。
ゴロゴロピッシャーーン!と激しい雷鳴が轟き、バラバラと落下音を立てて雨が降り注ぐ。
一時降り注いで、やれやれ漸く止んだかな?さて安眠・・・と思った矢先再びピカッゴロゴロドッシャーンと。
いやはや、日中あれだけ猛暑で暑さにやられたというのに、こんどは打って変わって豪雨とは・・・。
異常な気象に先々の心配はつきません。
温暖化の影響だけでしょうか・・・人間のみならず、生態系や気象状況全てが病んでいると思えます。
精神的な疲労が地球規模で進んでいる様に感じられ、生命の危機回避に全世界でもっと真剣に取り組み、過去の歴史の怨嗟ではなく、過去の先人に学び、後世に正しく綺麗な環境と歴史を遺し伝えることが出来るよう、今から前向きに歴史や環境を学んで参りたいと思っております。

謙虚に学ぶ姿勢

長崎は9日、63回目の原爆忌を迎えた。爆心地に近い長崎市松山町の平和公園では「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、被爆者や遺族、福田康夫首相ら約5400人が参列、犠牲者の冥福を祈った。田上富久市長は平和宣言で、医師として被爆しながら救護活動に尽力した故永井隆博士の「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」との言葉を引用、世界に核兵器廃絶を訴えた。
(時事)

広島、長崎の63回目の原爆の日。
こうして、平和宣言と共に幼い小学生児童が誓う言葉は果たしてきちんと届いているだろうか。
平和といえば戦争という言葉が出てくるが、戦争とは軍事力の行使のみであろうか。近年の人間社会を見ていると、自然と徐々に離れ一人歩きする我侭な我々人間の行動は生命にとって既に宣戦布告された状態、戦闘状態と等しい気もする。
神風連やもっと遡って、日本人が育み信仰してきた精神は、もっと自然そのものに近く、本当の平和の意味を先人達は現代の我々より当たり前に知って生きていたと思われる。
そういう意味で、学ぶという事や、考えるという事は非常に大事であり、犠牲となった方々より深く学ばせていただくという気持ちを以って先に繋げていけるよう、もっと謙虚に生きる姿勢が今必要ではなかろうかと感じるこの頃である。

烈士考察①

此の度、といっても二週ほど前に遡るが、熊本阪神で興味深い本を購入しました。丁度、熊本城築城400年という行事期間でもあってか、熊本城関連の書籍や歴史関連がコーナー設けられ、その中で数多く惹かれる書籍より1冊選び持ち帰った次第である。
その中の文章を少しずつ紹介したい。


「塾の程遠からぬ所に、兼松某、米良某などいずれも神風連の荒武者が居た。予は途中彼等に出会することをすこぶる危険に感じていた。彼等は殊更横たえたる双刀を前に一尺ほども突出して佩し、結髪はもちろん、大手をふって途中を歩き、もし万一間違って彼等にさわりたらば、たちまち打つとか殴るとかいう事になるから、触らぬ神にたたりなしで、なるべく近づかない事にした」

蘇峰の自伝中にあるとされるものであるが、兼松群雄も米良亀雄はこの時期明治5,6年で18、20歳と書かれており義挙の僅か3~4年前の市中事情が伺える。
筆者は病的潔癖という表現をしているが、果たしていかがであろうか。神風連の思想は何度か述べてきたが、領袖とそれに従う同志格は多少なり捉え方が違っている事は、資料などから容易に考えられる事である。洋学一つにせよ、林大人や斉藤久三郎などは自ら学びよしとして来たのに対し、野口知雄など同志格の人々は欧化する町で、街灯の光を扇で遮ったり、戦場で銃器を担えば触れた箇所を丹念に洗うなど、断じて認めずの姿勢を持っている。
同じ道の同じ方向性で進んで、戦いの中に最期を迎えた烈士らの個人個人の感情や価値観がそれぞれに覗え、様々な資料の中からこうした思わぬ人間らしいそれぞれの気持ちの線引きや人間模様が感じられ、酷く近しく調べる事、学ぶ事が面白くなってくるのである。

資料書籍「神風連とその時代 渡辺京二著」より一部抜粋


しげはる