記事一覧

蛤NET完了のお知らせ

神風連別館『蛤NET』の方が漸く再開いたしました。
現在、www.神風連.comのTOPよりリンク貼っております、旧URL
ですが、いずれ変更したいと思っております。

とりあえず、ご連絡をば・э・
別館 蛤NET
http://hamagurinet.web.fc2.com/index.htm
blog、ミニチャット等ちと増殖。

蛤NET

そういえば、蛤NETの報告をば。

小説のみどんどん先へ進められているので、ぼちぼち新規一転
新たに立ち上げて、運営を再開せねばと思っております。
候補としては・・・

・神風連.com内(URL共通との事)
・yahoogeocityのスペースに新設

この辺りで無難に進めようかと思います。
最終的に見つからない場合は当サイト内で間借りする方向で。

ちと報告ばかりさせていただきました。
どうぞ、宜しくお願いいたします。

烈士義挙百三十一年

神風連義挙百三十一年として再開した偲奉会。
いよいよ本日がその時となりましたが、皆様如何お過ごしでしょうか。

会の方の成果はまだまだ半年以上経過とはいえ、如何かなという微妙な段階です。成果を残せるよう、出来る限りの資料と積極的な参加呼びかけを行ないたいと思います。

丁度、烈士等が挙兵した日は寒い秋風吹きすさぶ晩でありました。
今、暦の上では秋真っ只中でありますが、それにしてもまだまだ
夏日を記録する地域も日によってあったり、異常気象温暖化を主原因とする現象で四季の変化もズレが生じております。
真、地球生命の環境が危ぶまれるこの頃に、様々な人間の欲を繁栄させた事件や政治経済活動が勃発し、煩悩という言葉が人間の精神の中で大きな地位を持ち、「我」と「自由」が曖昧に解りにくくなっておる様に感じます。
神風連の無垢なる精神・・・
国のため、自然と信仰を深め無心に神明に従って命を燃やした人々の御霊を思えば、何とも嘆かわしい事象が次々浮かぶ昨今。
本日、改めて烈士挙兵という日を迎えるに当たり、少しでも「自分でない他の誰か、信奉すべき何かの為」にたとえ小さな福祉活動にせよ、就業、就学にせよ、結果として誰かの為に、何かのためになれる様、自我を控え今他の為にすべき事を考え実践にうつせればと思うものです。

伝統

時代祭は平安神宮の創建と平安遷都1100年祭を奉祝する行事として、明治28年に始まりました。
延暦13年(794年)、桓武天皇 が都を京都の平安京に遷した10月22日、言わば、京都の誕生日に「一目で京の都の歴史と文化がわかるものを」「京都でしか他には真似できないものを」という、京都人の心意気と誇りが織り込まれています(京都市観光文化情報抜粋)

そういえば、以前奈良にも言ってまいりまして、京都以前の都文化に触れ、そのスケールの大きさと歴史に圧倒されたものですが、京都も同じく、その歴史を継承し今日に至るまで王朝文化を様々な行事や町並みと共に護って来た由緒ある王都であります。
かつて、多くの人々が崇敬してきた文化の中心で、今も時代を超えて文化継承にとりくむ人々の姿は感動を与えられ、日本人としての誇りを改めて感じる所でしょう。

近年国際的な活動が主流となり、今も尚問題となっているイラク派兵(特措法)を始め、欧米思いやり型の方向が色濃く思えます。
やっと、思いやり予算が先日のニュースで下げる見込みと囁かれ始めたのですが、相変わらず派兵や給油活動と、戦争援護の方針については変化が見られぬようで残念な限りです。
明治以降崩れた文化や国独自の政治。
今一度、小さい行事に参加して僅かにでも日本らしさに触れて改めてその日本ならではの思考スタイルを考え直してみたいと思います。

驚きましたが

今日はちとコンビニであれこれ惣菜系を買って帰りました。
最近は本当に物資溢れ不自由ない事で・・・。
いやはや、物価は少しずつ上昇し金銭的に決して楽な生活ではないでしょうが、それでも日本は不況だ生活苦といえど、まだまだ恵まれている方だと思われます。

さて、話変わってこの気候問題の及ぼす影響なのか、ちと驚いた事実が明らかに。
皆さん、若い方は真っ最中かもしれませんし、年配の方や我等と同年代の方々も懐かしいものかもしれませんが。
運動会はご存知ですよね?
大体が9月頃にする小学校~高校までの期間にされ、一番見せ場となる行事の一つとされておるのですが、本日車で自宅へ帰っている最中、母校の校庭をチラと見ますと、入場門と退場門の練習用に簡易に設置された姿が!
確かに今年の夏は猛暑超え酷暑となり暑さに亡くなる方も増えたほど。しかし、10月の半ばに運動会とはこれまた驚きまして。
ちと流石に時期設定を慎重になり過ぎたか?
先生方も熱中症対策を考えると、無難な良好季節かもしれませんが、ちと寒い気が。ここまで一気に気温が落ちるとは確かに想像しなかったですが。
いやはや、年間通して、徐々に四季の変化が狂いつつある事をこうした懐かしく身近な行事を通して知った次第です。
子ども達に優しい未来を託す事が大人の指名と理解できる各国の人々に是非とも温暖化対策を身近な問題と承知し、しっかり利権に囚われず議論し対策を講じて欲しいものです。
先に遺し伝えるものも、地球あればこそですね。


しげはる

神風連諸事情

熊本に於いて、由緒ある神社であり、神風連諸氏とも関連ある
「加藤社」を少し紹介。

◆暦◆(加藤社HPより)
慶応四年 熊本藩主細川韻邦公の弟長岡護美公の建議により
     明治元年朝廷より神祭仰出され、浄池廟を神道儀
     式にて守護する。
明治四年 神仏分離の際熊本城内に神宇を創建し錦山神社と
     公称する。
     同年神祗官を経て大木兼能・韓人金官公の両霊を
     合祀する。
明治七年 明治六年に熊本鎮台が置かれ、城内が悉く陸軍用
     地に編入された為に、京町台に改築遷座奉祀する。
明治八年 社格を県社に列せられる。
     (昭和二十一年社格制度が廃止)
明治十年 西南の役に際し、社域は恰も交戦の衝路となり手
     水鉢以外建物悉く焼失する。
     (ご神体は事前に健軍神社に移し奉護する)

神風連では、加屋霽堅が神官を務め、その支えと成る祠掌に同志
だった浦楯記と木庭保久等を据え、恭しく神事を行なったとされ
ている。丁度、錦山社と公称され、社殿を京町に遷座した年に
彼等烈士等は神職に就いたのだろう。
彼が司る際には、加藤社ではなく錦山社として熊本城外に社殿を
設けていたらしい記述も資料や証言よりうかがえる。

現在は熊本城内に立派な社を設け信仰を集めている加藤神社。
是非、熊本訪問の折には、神風連資料館や烈士史跡と共に、
訪れて欲しい場所である。

諸報告まで

うちの亀にも負ける速度で更新して参りました、
「神風連小説」ですが、あと残り僅かで完結と相成りました。
色々と、皆様にはノロノロ執筆でご迷惑おかけしたと思いますが、
どうぞ、最後までお付き合いくださいませ。

漫画の方が、ほっこ氏も完全復活といかぬ様で・・・
楽しみにして訪問頂いていた方々には、お詫び申し上げます。

会も、いよいよ残り数ヶ月切りました。
会員の方々には何か学ばれましたでしょうか?
僅かな期間で神風連の資料から学び取るのは至難かもしれませんが、どうぞやる気を以って共に学んでいって頂ければ幸いと思っ
ております。

管理人

**重要**

各種移転作業完了に伴い、本日より運営再開致します。
数日の間、ご迷惑お掛けし申しわけありませんでした。
更新の遅れを取り戻し、何とか通常の流れに戻せる様に
努めてまいりますので、宜しくお願いいたします。


しげはる