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勤皇党から敬神党に至る思想

*勤皇党分派*

明治維新が興るまで、肥後藩には掲げる思想毎に派閥が出来ていた。一つは池田屋事変で討死する魚住源次兵衛、宮部鼎蔵、住江甚兵衛ら肥後勤皇党であり、彼等は林桜園門下にあってその影響を大きく受けた人々である。
勤皇党の尊王思想は「大義名分」を主論とし、攘夷思想においても古・神道観に基づき国体保持を進めるものであった。
他にも勤皇党と尊攘運動において共闘の立場にあった実学党があり、相対する勢力であった学校党に当たっていた。

しかし、明治維新になると尊攘思想そのものが主流から外れ間目まぐるしく体制は変わるようになる。共闘してきた実学等の攘夷思想から開国思想への転向をきっかけに両者の関係は急速に冷め、その空気は次第に勤皇党内部でも広がりを見せ始めたのである。
勤皇一派もまた、「討幕」の実現により新政府と共に国家発展への寄与をすすめる『進歩派』と、討幕を果たしたものの欧化に走り誤った方向へ国家を進める新政府に協力し兼ねると中央への召集も辞退した『保守派』とに分かれるのであった。

『保守派』の中にも更に細かな分派構造がある。
河上彦斎や、元学校党の木村弦雄らをはじめとする攘夷断行派と呼ばれる人々である。彼等は志同じくしながらも、維新を見ず散っていったかつての同志達の心を継承しつづけた一派で、あくまで有志を募り対抗する姿勢を持つものであった。
そして、もう一派が大野鉄兵衛(太田黒伴雄)を中心とする敬神党である。
「攘夷は先帝の御意志であり王政復古の大業はこの大義を宣揚するために行われたものである。それを時勢が変わったと称し幕府踏襲する醜態は今上の御孝道を失わせる事になる・・・」
このように、彼等は急激な欧化を痛烈に批判し維新達成の後はまず外国を一戦を交え国威を示し、対等な開国・鎖国を選ぶべしと訴え続けた。後々の従属関係に近しい我国と欧米の体制を見れば、この維新という時期がどれだけ重要な意味を持つ時であったか計り知れよう。
ともかく、敬神党一党は他藩の勤皇思想とまた違う独自の信念を以って国体保持を願ったものである。


記:しげはる

神風連偲奉会より

神風連偲奉会百三十一年(前年は百三十年会)発足より二ヶ月近く経過する事になります。早いような気もしますが、本日までに偲奉士として参加された方が20名となり驚いております。
昨年は漫画等面白く学ぶ作品も多々ありましたが、諸事情によりそれも休止状態となっており、今回の会はちと参加を募る事も難しいかと思っておりましたが、これだけの意欲ある方が賛同くださり先々に安堵するところであります。

今年度も試行錯誤しがんばって参りますのでどうぞ、ご協力お願いいたします。


神風連・蛤NET管理人
しげはる

記事エラー発生の為

「皆さんの平和はどんなものでしょうか」
この記事に対するコメントはこちらでお願いいたします↓

皆様にとっての平和とはいかなるものでしょうか。
暫く、コメント欄を設けずにいましたが、今回のみ再度設けさせていただきましたので宜しければご意見お聞かせください。
宜しくお願いいたします。


しげはる

※エラーの為、直接「皆さんの平和~」記事へのコメントが使用出来なくなっております。申し訳ありませんが、こちらのコメント入力もしくは、sigeharu@メールをご利用ください。
既にいただいたコメントも、こちらへ移させていただきました。

皆さんの平和はどんなものでしょうか

遠方の知人は色々新鮮な情報を与えてくれる事もあれば、同時に宿題も与えてくれます。なかなかに厄介な所もありますが、今回は当会でも何度か触れた事件絡みであったし、私より幾分読みやすいなと思ったので承諾を得て紹介に至りました。
(長崎の知人、前年度会員で現在も交流しておる方です)


伊藤一長氏が亡くなって、この一ヶ月様々な憶測や御令嬢への批判等本当にバタバタ騒がしかった気がします。
今回の事件は人事とも思えず、一向に見えて来ぬ真相に悶々とした日々を送っています。
今回の事件は犬養首相暗殺時、将校らが有無も言わさず殺したあの行動に似ています。力でねじ伏せる、聞く間も持たない、そういった事件が増えている昨今、本当にこのまま行くと、憲法改正・教育によるマインドコントロール化・誤った伝統思想の継承・9条改悪による自衛軍化と補充の為の徴兵・・・さまざまな改悪による変化に言葉が立ち向かえなくなるのではないかという危機感を感じています。

伊藤市長の訴えは一人のものでないと日本人の目標?主張としてしっかり遺し、奥様の手記にあります「築いてきた流れ」をせき止めない様、常に前向きな見方で人の和を繋ぎ護るべきものはきちんと正しく伝えていかねばならないと思っています。

・・・との事。
平和という文字が広島・長崎と並べてよく出されます。
・他人を大事に思いやり、支えあって生きていく事
・戦争で傷つけあわない事
・兵器を持たない事
幼い頃に平和教育で考えた、平和に成る為にはどうすればいいのかという疑問への答え。
稚拙な答えに見えるかもしれませんが、すごく正論です。
当たり前の事が言い難い時代にならない為にも、今こうした単純で解りやすい訴えが大事なのかなと思ったりします。
以前の偲奉士議論にて神風連VS新政府の書き込みを紹介しましたが、その中の若い会員の方で「人は解りやすい言葉についてくる」という意見。尊攘などのスローガンについての議論の最中に出てきた言葉ですが、これは成る程と思いました。
伊藤市長もまた、若い子どもたちに向けては非常に平和について解りやすく優しい言葉で語られていたとの事。伝える為に難しい言葉も思想も取っ払って、優しく解りやすくおもみのある言葉を使える人間になりたいものだなと知人の言葉と伊藤前市長のご発言を聞き感じました。

さて、皆様にとっての平和とはいかなるものでしょうか。
暫く、コメント欄を設けずにいましたが、今回のみ再度設けさせていただきましたので宜しければご意見お聞かせください。
宜しくお願いいたします。


しげはる

※本日、修正の依頼あって数箇所訂正しております。

神風連烈士⑫

~神風連烈士和歌~
・樹下一雄
姓は祝部(はふりべ)名を元吉と言い、三百石の細川藩士の家系に生まれた。弓術師範で学識高く若干18歳にして「朝嵐」という著述あり、師・桜園からも御学者であると評される程であった。
挙に敗れては、同志達と共に金峰山に逃れ後、宇気比て解散となるや熊本市花園町柿原の鳴岩で、井村ら五士と共に自刃した。
享年25歳。

故郷に今日をかぎりのいのちとは
しらてや親の我をまつらん

世の常の手向はうけし軍して
わかなき霊をなぐさめよきみ

一部を紹介したが、士道を、深い信仰を以って同志の義に殉じた樹下氏の和歌である。「孝」を重んじる儒教(朱子)の教えは日本思想に大きく影響持つものであり、今増えている家庭内での犯罪等を考えた時こうした学問が改めて再度必要ではなかろうかと思わずに居られぬものである。

しげはる

偲奉士議論 №5

長崎市長射殺より1ヶ月。
本当に月日の経つのは早いものです。
事件として捜査が進む中で、「動機」に固執する容疑者とあるお偉い方。気長な「動機」よりも絶妙な時期と人選が気になる所。
どんな事柄でも「考える」事が始まりです。
当会に於いては、考える事・論を以って戦う事・学び知る事を進めながら趣旨である「誠なる正義」「友愛」「復古調」を据え日々議論や意見交換を行っております。

そうした中で、先の銃撃事件への偲奉士方の意見を紹介し、皆さんと共に改めてこの事件から学んだすべき事とあるべき方向性を考えて参りたく思います。


>こちらよりどうぞ
http://www.shinpuren.com/cgi-bin/protect/shinpuron131-1.htm


しげはる

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管理人 しげはる

偲奉士議論 №4

神風連偲奉会百三十年期として、これまで掲載してきた中で会話の流れからふと、神風連会への趣旨について考える場が生まれた故、ここで別途枠を設け紹介する。

当会は、議論談笑それぞれ思い思いの話題を提起し時事(主として日本社会)問題、歴史問題、神風連の時代を語りながら、時に安らぐ為の日常的な話題もゆったりした速度で展開されている。
烈士らが、どの様な思いであの一夜に望んだのか。
一つ、加屋霽堅の和歌より私個人として非常に共感すべきものがあったので、記載する事にする。

あたなりと人な惜みそ紅葉のちるこそ赤き心なりけれ 楯行

挙兵が決まると、彼は知己親戚を歴訪し内なる永別を叙した。
魚住氏に上書(奏儀書)を託し、木村弦雄と談を交え後、小橋嘉楽を訪ねる。平生より彼は小橋氏の人となりに信服し、互いに相依頼する程であった。
しばしの談義の後、彼は懐より短冊二葉取り出して小橋氏に進めた。彼が去った後、家人を顧みて曰く、
「加屋の風唱ことに面白さを覚える。が、『紅葉のちるこそ赤き心なりけれ』とは何だか気に掛かるようだ」と。
後、敬神党挙兵し、加屋霽堅戦死を知り小橋氏は痛嘆し、
「ああ、彼は此れを以って、我に別れに来たのか」と、憮然たること久しかったという。

こうした、和歌を詠むと何とも我が身の不甲斐無さすら覚えるものであるが、日々烈士等のこうした熱誠を受け、同じく日本人としての自覚を持ち精進すべしとも気持ちを改めさせられるものである。

>こちらよりどうぞ
http://www.shinpuren.com/cgi-bin/protect/shinpuron130-4.htm


しげはる

神風連烈士⑪

~神風連烈士~

田代正足氏和歌

別恋 夜床いててとりはく横刀の立帰り
   いま一ことやいひてわかれむ  正足

歌人。号は曲庵、萩園。
禄百石の肥後藩士家系に生まれた。古典に通じ、歌道を好む人物であった。同志の義挙に際しては、長男の儀太郎、次男の儀五郎らと共に参じ、挙に敗れては宇土大岳まで退き自刃した。
父子の情濃く、一党の間にもよく知れていた。

縦横の繫がり深い敬神党の関係。
昔の地域密着した時代もこの様な暖かい人の繫がりがあったのだろうか。近年我々の日本社会は核家族化より更に進み、家族すらその内情測りかねる恐ろしい事件まで起こす程、その地域性、家族性の衰えが見られる。
改めて会を立ち上げた趣旨である、「復古」について生活や周囲への見方など様々な尺度で考え目指して生きたいと思うのである。

しげはる

偲奉士議論 №3

「神風連百三十年会」での偲奉士による、交流・討議の場での一幕。神風連挙兵に至る大まかな概要を改めて補足しておきます。

新政府の政策は余りの急激な変化を伴い、日本国民衆にとって幕政の土台を摩り替えただけで結局の所生活苦も権力による圧政も変わらぬものが多々ありました。
そんな中、禄や領を失い廃刀に断髪と古くから護り継承してきた神武の習わしも放棄を迫られ、国体危うくするものと危機を募らせ信奉する天照の下、宇気比によって敬神党170名の若者達が死諫とも取れる決起を起こします。
若者達の奮闘虚しく、義挙は一夜で鎮められ彼らの殆どは戦死、自決し果てるのです。その後、彼らの血の犠牲に連動した萩・秋月、そして西南の役もまた激戦を繰り返しながらも、数と兵器に勝る政府の前に斃れて行くのでした。
欧米諸国より取り込んだ当時最新鋭の兵器を持つ権力者達は古今こうした人々を武力を以って鎮めてきました。今尚、欧米諸国はこうした昔からの過ちを引き摺りながら、禍根を植え付け負の正義を血の上に唱え続けています。そうした過去未来を彼等と新政府という我々に身近な歴史から見据えて、現代社会を見つめなおすきっかけとしてこの議論は重視し、非会員の皆様方に紹介するものであります。

>こちらよりどうぞ
http://www.shinpuren.com/cgi-bin/protect/shinpuron130-3.htm

www.神風連.com
  しげはる

第十三話

野口らは大砲というものを直に触れる事も見る機会も余りなく、使用経験の無いものばかりであった。
上下縦横あらゆる角度から見ても当然の如く理解できよう筈もない。筒状になった部分の先端から込めた弾薬が発射される事くらいは想像できるものの、その発射に行き着くまでの作業が全くの未知であり彼等は途方にくれた。
その時である。砲兵の生き残りが炎上する営舎から城外へ逃れようと右往左往しているではないか。
隊士らはこれを逃すなと数人が兵士の下へ躍り出た。

「待て!」

「逃げれば叩き斬るぞ!」

怒声を発し迫り来る敵に、砲兵は遂に丸腰のままどうするも敵わず両手を上げて立ちすくんだ。
彼等は砲兵から大砲の装着を一通り聞き出して、今度は意気揚々歩兵営をめざしたのである。


「よし!この門を一気に砲撃で破り突破するぞ」

太田黒加屋両帥は大砲を運ばせると、怒号と共に営門目掛けて発射を命じた。ドン!と凄まじい轟音が響き中で敵兵達のざわめきとバリバリっと脆くも門が破れ朽ちる音が聞こえる。
太田黒は今こそと再び刀の切先を鋭く営内に向け突き出した。

「富永隊に後れを取るな!皆一丸となって鎮軍に向かえ!!」

これに続き加屋も天高く刃を向け、

「我等は神兵ぞ!何も恐るるにあらず!!続け!」

と先陣きって営内に攻撃を開始したのである。
この混乱状態に乗って再び大砲を打ち鳴らさんとした時、ふと問題が生じた。
火薬を詰め、手順通りに発射できる筈の大砲が先程と打って変わって沈黙したままになっている。砲手を勤めていた隊士もこれには首を傾げている。何故か。これを以って速やかな同志との合流を図るつもりでいただけに、動かぬのは痛手である。

「ええい!この鉄屑が無くとも我等には刀だけで十分!捨て置け!」

太田黒は大砲を蹴りだすと、刀や槍を持って再び馬上より攻撃を進めた。


この頃、歩兵営では敵は寡勢なりと冷静さを取り戻し、小銃部隊が着々と戦場へ台頭しつつあった。

偲奉士議論 №2

神風連義挙百三十年会における、偲奉士議論を続けて紹介します。
皆さん白熱した議論を展開しており、興味深い事柄が多々ありました。全てを出したかったのですが、特にこれはと思った内容を取り上げ、多種多様な意見を皆さんへ紹介思います。
資料や管理人の日記よりも、こうした参加された方々の声はより勉強になるかと思いますので、是非ご覧ください。


>以下より飛びます。

http://www.shinpuren.com/cgi-bin/protect/shinpuron130-2.htm

※130年会掲示板「神風連と新政府」より※

www.神風連.com
管理:しげはる