記事一覧

神風連烈士⑧

政府要人~①

安岡良亮(やすおか りょうすけ)
坂本竜馬らと同じく、土佐の郷士の出。
明治維新が成ると、東征に従ってその要人となる。
現群馬県(高崎県)、栃木県(渡会県)の参事という要職を経て、明治六年(1873)の六月、熊本県(白川県)権令、県令となった。
県令として、当時県政の中心にあった実学党一派を押さえ込んで政府より出された政策に着手。藩政から完全な県政へと改革につとめ支えてきた。
この時期、明治政府による禁刀・断髪令などが出され城下において神風連などとの対立が目立つようになっていく。

明治九年、十月。
敬神党事変が起こり、吉村義節らの部隊による襲撃を受け重傷を負い、その数日後、二十七日ついに絶命する。


安岡県令については、神風連の神職斡旋や、度重なる建白書のやり取りで、短期間の就任ながら接点も多い。
この時期、特に政府による様々な改革が行われていたが、余りに急展開な欧化政策は人々にとって全てが賛同しうる結果ではなかった。幕府が行った力による弾圧もそのままである。
国を纏める為の血の犠牲は神風連の後も続き、果たして力で纏め上げた所謂独裁的な体質が正しかったのか、疑問や憤怒も多く感じられるが、こうして現場での相反する意見を持つものたちが、実際にどれだけ苦労してきたのか、知らぬ事にはまともな批判もできぬと思い、神風連を崇敬する場ながら、こうして対峙した人々を取り上げる事にする。
人物の好悪に囚われず、ただ神風連烈士を違う視点から見る為の方法として相反する主義主張を持った人を調べたいと思う。

しげはる

お知らせ

アイコン

他愛も無いお知らせですが、週末山口へ出てきます。
近年幕末のドラマや雑誌が多く見られる様で観光客が多く居られます。この波に乗って、日本人の原点思想である烈士等のことを多く遺し継承する事を勤めとし、集いの場を盛り上げて参りたいものです。
山口は見知らぬ土地ではなく、慣れた場所でもありますので、勝手ながらしばしの休息をし英気を養って参ります。
では、また次回に。


※山口県へ向かう事に便乗する訳ではありませんが、本日は大楽源太郎先生の命日です。哀悼の意を捧げ、また日本人としてその終生揺るがなかった精神を尊び静かに過ごしたいと思います。


記:しげはる

神風連の会に向けて

アイコン

今年は寒暖の差が激しく、冬らしくない暖かい小春日和かと思えば、急に寒波到来と予報も当てになるのかならぬのか、風邪と花粉の猛攻で体調管理も難しい季節になっております。

これも温暖化と叫ばれる気象異常が原因であり、Co2温室効果ガスなぞ大気汚染からくるものらしく、世界各国でその要因となる物質を如何に押さえるか、対応に追われている訳ですが・・・。
神風連の時代には無かった自然への負担がこれほど広がっていると、彼等や地球の先人はどう思うでしょうか。
米はそんな破壊的な活動を行いつつ、利権が為か議定書への賛同見送りと打って変わっての自然環境保全を唱えだし世界のリーダー国に成らんとまあ・・・何とも動機不純といいますか。本当に、昨今の事件の自己中心的な思考は全世界のものだったのかと呆れる所も多々ありますね。
・・・自然といえば・・・。
ここで紹介した中で、烈士等は何を敬って生きていたのか。
かつての日本人は何を信奉していたのか。
・・・簡潔に答えを言いますが、「八百万の尊」でしたね。
我々に説いて下さった先生のお話も同じく紹介しておりますが、環境と聞けば思い出します。
人間は自然の一部、「草主人従」・・・
八百万の意味は沢山という事、自然のいたるところに存在する尊とその中で生きる、生かされている人間。
人という字も又支えあって出来ています。
人間支え合わなければ生きる事すら難しいのものです。
だからこそ、自然の中で共存させてもらい生きている事を忘れ蔑ろにし片方だけがのし上がり続ければ、何時かは支えを見失って倒れてしまうことを今時点でもっと気付いてとめなければ成らない訳です。
ここで、学ぶ事も、学校や職場、様々な環境での些細な事も全てが勉強です。一つでも多く「考える」という大事な力を養って生きたいものと思っております。

神風連の会も遅まきながら少しずつ準備を進め、正式に入会できる様に整えつつあります。
意欲ある皆様と、多くの議論や交流を以って有意義な会としたいものであります。


記:しげはる

神風連烈士⑦

◆神風連烈士和歌

~青木氏が出陣の折携えた麻布

さくら木に書せし唐の言の葉は
倭の花の色にそありける
天匂践無空時范蠡不無
唐の人に見せばや日の本の
ふじの高根にふれるしろゆき

桜は日本人独自の思想を織り交ぜた花だと思う。
よく「花は桜木、人は武士」など武士という存在がいかに日本の中枢を支配していたものか、または、潔い生き様をよく表現した言葉として聞かれるが、烈士等にとって武士とはいかな存在であったのであろうか。
神がかりの決起を成した彼等にとって、重きをおくのは武士という立場か、神と刀といった信奉する心そのものであるか。
西南戦争やその他連動して起こった様々な事変と比べ、この神風連事変は余りに異色である故に、更に深く調べていかねばならない。
烈士等の和歌やその他様々な資料を色々な観点から読み解き、同時にその人となりを探っていきたいものである。


記・しげはる