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(^^)③

いやはや、現代人というのはアレもこれもせねばならぬ、史上最高に忙しい日本人かもしれませんね。
最近弔事がありまして、御香典をと思い支度しておりますと、薄い墨の筆ペン片手に手が止まってしまいました。
日頃筆を握る習慣が無い事に改めて気付き、筆を運ぶ事が難しくなった訳です。
いつもボールペン、シャーペンに慣れた手で握る筆の違和感。
手に馴染まぬ事に嘆きながらも何度も紙をダメにしながらやっとこさ数十回の練習の末、恐る恐る筆ペンでサラサラと。
こうしたきっかけによって、自分の中の日本人離れも随分酷いなと反省した次第です(^^)

しげはる

林桜園と原道館

1.学び舎
肥後勤皇党、敬神党など多くの優秀な人材を輩出した学問所であり、創始者は林籐次(桜園)である。
天保8年(1837年)桜園40歳の頃、千葉城高屋敷(坪井川べり付近)に移り原道館を開いた。彼は古典や神道に力を入れたが、これは当時朱学全盛期の日本にとって珍しいものでもあった。
他、漢書兵学なども講義している。
また、桜園は自ら欧米諸国の学問として蘭学を学びながら、塾生への指導に勤めているが、これは何れ近い将来訪れる欧化の風を察したからだろうか。この影響か神風連のあれ程頑強な思想団体の中にも、蘭学や筆記を習得し書き残す人々が確かに居るようだ。

ともあれ、ここで学び巣立っていった中で、全国に点在する勤皇党という組織の中で、肥後藩勤皇党とその流れを汲む人々程、純粋な神道思想を以って全体が最後まで攘夷の旗を下さぬ組織は居ないだろう。
こうした、不動の精神こそ今日の日本人の失われつつあって、且つ今こそ必要な精神かもしれない。


わかともはこころある人そゆくさきの
みちのかみかみ守りてたまえ

最後に林大人和歌を一つ。


記:しげはる

神風連記事ではありませんが

近年情報化と言われる通り、情報量が半端でないですね。
欲しい情報があれば、インターネットや雑誌、テレビなどから自由に入手出来、知識や行動範囲も広がり本当にありがたいものではありますが、反面要らぬ悪知恵を付けてしまう事も(^^;)

◆ ◆ ◆ 

情報化によって得たものの裏で、地域の人々から得る独特の知識や経験。それらが如何に大事なものか、一人落ち込む事もある厳しい社会生活の中で、身近にある人々との交流も薄れていく中で改めて知る今日この頃。
神風連から130年、それに伴って開いた彼らを知ろうとする人の輪。その時代には当然あった人々の繋がりを大事にする事が出来る様日々行いを反省し先へ進んで行かねばと思います(^^)

ペイントファイル 3.png


最後に関係の無い絵を公開中。

涼しいです(^^)

いよいよ8月も終わり9月、秋の涼しさが近くなってきておりますね。中国地方でも朝晩の気温がグッと下がり、過ごしやすい時期に入って参りました。
神風連偲奉会としても、徐々にその時が近づいておるこの頃、気合を入れて日頃の行いを正し備えたいと思っております(^^)