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紹介

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(もし出ていれば…)大楽源太郎5巻に出てくるであろう人物。
河内りちさん。
元治元年、大楽源太郎が禁門の変の後、一人寂しく長州へ落ち延びた直後に寂しさのあまり(?)捕まえた料亭の娘。
回天軍を求めに九州に走った大楽を政府の命で探しに行かされ、また夫の死後は、その隠匿容疑で裁判にかけられ、苦労が祟って明治10年に病死します。
薄幸の美女。

もう半年です

6月もあと僅かで終わります。
偲奉会を開いて半年近く経過しようとしています。
年月の過ぎ去るのは早いものです。あと半年、何か資料なり何なりと残し続けていければと思います。

話は変わりますが、もう来月半ばから夏休みです。
私には懐かしい学校休日。終業式当日、朝から興奮して放課後が待ち遠しかったのを覚えています。
夏休みにあわせてプール開放ももう直でしょうか、今年は体を鍛える為に水泳でもしてみようかと検討中です・・・。


記:しげはる

神職採用試験

気になる資料を発見しました。

今日より試験が始まり御賢労奉察し候
明日は三大区中御試験の旨御達奉敬承候然処・・・

上記、太田黒伴雄、飯田和平、野口満雄らより加屋霽堅宛の書状より抜粋した所であり、恐らく神官採用試験というものを指すのではと思われる。
いつの時代もお受験があるものか。
その試験直前まで机に噛付いて必死に暗記に努める姿を思うと妙に身近な存在に思えてくる。神風連を神職に斡旋したとなると、総勢170余名なので、かなりの倍率だったであろう。
実際どの様な試験だったのか、非常に興味深いし知りたいところである。

模様替え

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なんのこたぁありませんが模様替えを致しました。

古事記から見る神風連③

(2)日本誕生

①二神の特命

補足となるが、高天の原に生まれ住む神々を天つ神と呼ぶ。彼らは伊耶那岐、伊耶那美二神に命じ、大地を固め形成整うよう下界へ渡れと言われ、天の沼矛(あめのぬぼこ)を授かって、下界との中間点である天の浮橋へと舞った。
二神は上に立って矛をそこから掻き混ぜて抜き取ると、矛より下へ海水が滴り落ちそれらが積水し重なり合う事で島が誕生した。
これこそが於能碁呂嶋(おのごろしま)である。二神はここへ降り立つと、天の御柱という清らかな柱と八尋殿という御殿を建て住まったのである。これらが一段落するやいなや、伊耶那岐の命は伊耶那美の命へ向き直り尋ねた。
「お前の身体はどうなっておるか」
「私の身体はほぼ出来上がっておりますが、一つ欠けた所がございます」
と、伊耶那美の命が答えると伊耶那岐の命は再び伊耶那美に尋ねる。
「私の身体もほぼ出来上がっておるが一つ余分な所がある。これでお前の欠けた所を補い国土を生み出そうと思うがどうであろうか。天の御柱を互いに逆回りし出会う所で契りを交わそうではないか」
そう言うと伊耶那美の命は即座に答えた。
「よろしゅうございます」と。

二神はこの後も数々の島や元素を生み、日本を形成するわけだが、神を創造主とするものではなく、極当たり前の生命の営みの中で生まれた自然を教え、全てのものに宿る神の姿が描かれていると解釈する。神風連のみならず、古代日本の思想が、自然との共存をいかに大事としていたのか、古事記など神話を読んでいくと自然に纏わる記述からうかがう事ができます。

<参考>
古事記:島崎晋 著
担 当:しげはる

三巻は

7月10日前後になりそうです。
源太郎偲奉士の皆様、もうしばらくお待ち下さい!

変節を憎んだ河上彦斎

河上彦斎は8.18の政変以降、長州の同志と共に行動していました。
その中でも久坂玄瑞や高杉晋作、桂小五郎など松下村塾系とは意気投合し、尊皇攘夷実現に向け生死を共にしてきた仲でした。
しかし、薩長同盟が結ばれ、水面下では新政府樹立の構造が出来上がって行きつつある中で、彦斎と長州の仲間達との間に衝突が起こります。
第二次長州戦で、彦斎は幕府軍として小倉口を守る精鋭肥後兵を引かせる為「自分が藩ブレーンの説得にあたる」と言って長州を後にしますが、彼が肥後に帰るもう一つ理由となったのが、この仲間との衝突でした。
禁門の変の後、しばらく三条実美以下公卿達の供として長州にとどまっていた彦斎は、高杉晋作が功山寺で挙兵すると大いに喜びこれに協力します。しかし高杉は上海に渡りイギリス植民地と化した清の惨状を目にしてきた男。攘夷を以って外国の侵略を防ぐのは不可能だと考え、開国思想を口にする様になりました。
これに彦斎は「足下変節を成すか」と大いに怒り、二人は決裂してしまいます。
彦斎の胸中を、下関の外国船砲撃やイギリス公使館焼き討ちで自らが確かに攘夷をやってのけ、そして禁門の変で節を守り死んでいった久坂玄瑞らの事が過ったのでしょう。そして自身も節の為に死んで行きます。

開国し、欧米の猿真似で富国強兵をし、脱亜論を取り、戦争に負け、残ったものは……鹿鳴館風な日本人。

結束の事(誓文より)

一、神祗を崇拝し国体を維持し、尊皇攘夷の大義を堅く守って平素の願い達し天子の御心を安んじ奉り万民を辛苦より救う事。
一、神聖固有の道を守り断髪廃刀の醜態を致さず、心を動かさず冷静にあって、また朝廷の命であっても死を以って諫言し臣下の節操を全うする事。
一、同志の交わりは骨肉同胞の親身をなし、親しいか否かの分け隔て無く礼を以ってこれを乱さず、事実偽り無く苦楽を共にし進退を一つにすべき事。
右の条々此の度於く
神前奉り誓い於く処の者実に明白也。
天地神明も御覧になり神の救いを垂れ何卒積年の大志速やかに遂げさせたまえと誓い如何なる事件に変所すとも言えども、僅かな問題も厳しい眼を以って正し卑劣な行いを致すまじく萬一言を食み、神祇を奉り斯く誓約に違背するなどの儀仕に於いては俄に神明の恐罰を被り申すもの也。依りて誓証如件。
明治第八歳次乙亥春二月大吉日

明治8年2月、太田黒伴雄が宮司をつとめる新開大神宮神前にて厳粛に誓約が成された。太田黒伴雄、加屋霽堅、上野堅吾、斎藤求三郎、富永守国、石原運四郎、阿部景器、高津運記、小林恒太郎ら元老参謀以下敬神党一党が守った心である。
敬神党という組織を知る為に一党の約束事ともいえる誓文を解りやすく記載してみた。思想自体の底はまだまだ深く究明は容易ではないが、目まぐるしく変化して行く明治維新という時代に彼らが何を信奉しどの様な国家を目指していたのかが僅かにだが誓文の中にうかがえるだろう。日本古来の神々を祭りその信仰に沿っての尊皇、攘夷を唱え国家万民の安寧を願う志は、幕末期一般的に広まった尊皇攘夷という倒幕の意も含んだそれとは全く異なる思想の様にすら思える。今後は人物伝記や歴史の中にある個々の思いを詠んだ和歌や遺文から神風連を読み解いて行きたい。


<参考文献>
「神風連烈士遺文集」荒木精之 編著
原文解釈:しげはる

???

雷より火事よりオヤジより怖い…地震でした。
私の住んでいるところは震度4でしたが、九州・四国の方、大丈夫でしたか?
5年前の芸予地震の時と比べると全然大した事なかったけど、大分が震源地の割りにはこちらの震度も大きかったです。震源地に近いほど揺れも激しい…というものでも無いのですね。
となると東南海地震も人事じゃ無さそうです。

感想

NHKの激論の一言感想です。
主題は確か日本のこれからでしたか?
今回は本土、沖縄、中韓など様々な顔ぶれで日米関係全般を論じておる様です。ゲスト席のガッツ石松似の額賀防衛庁長官も参戦して激しい争いを繰り広げてます。
個人的に日米関係は重視する必要性というものが見当たらず、寧ろ負担ばかり強いられ日本独立ではなく日本孤立を助長する感があってどうにも賛同しかねるものと思います。
議論が最後にどう収集するのか注意して見ておきたいと思います。

<投稿:しげはる>


米国追従政権がいつまで続くのか。
米国のキリスト原理主義での世界統一へ、わが国はどこまで加担するつもりなのか。
その分岐が、あの9.11だったのだ。
先ほどNHK討論で、額賀防衛庁長官が「日本はアメリカの意向に沿っているワケではない」と言った。それにすかさず反発したのはジャーナリストの斎藤貴男さん。
「じゃあ何で憲法改正するんですか?」
その通り。米国の為です。
米国の新保守と日本の新保守は当然、比例関係にある。日本がx軸、米国がy軸。
我々は這いずりながら血税払って米国の世界統一を助けている。

NHK討論では米軍基地が必要かどうかを討論していたが、グッドアイディ~ア~がある。
必要だと答えた人の家の前に基地を建設してあげよう。中国、韓国、北朝鮮からの脅威に脅えずに済むことでしょう。
世の中、自分の身になって考える事の出来る人が少なすぎる。

<投稿:ほっけ>

河上彦斎と刀

彦斎の愛刀についてよく聞かれますが、スミマセン…よく分かりません。
8.18政変の時に同志と刀を交換しているので“愛刀”という形の調査が難しいのではないかと思われます。
彦斎は、共に京都警備の任に就いていた西島亀太郎、神風連幹部の富永守国と緒方小太郎との4人で刀を交換し合います。西島の刀を富永が、富永の刀を緒方が、緒方の刀を彦斎が、彦斎の刀を西島が持ち、再開の契りを交わして別れるのです。

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そう。佐久間象山を斬ったのは……緒方小太郎の愛刀だったのです。
緒方は神風連事変に関わった罪で長い間投獄されていましたが、その獄中生活において、神風連や河上彦斎に関する数多くの手記を残しました。

国のため 尽す心のかたかたに 思ひわかれせい 果の悲しさ

うつ人も 討たれし人も夢さめて 今はかたみに 笑ひてあるらん

高瀬川 なれも昔や偲ぶらん ながるる水の 音のむせぶは

嗚呼この刺客は誰ぞ、肥後国の志士河上彦斎なりきといふ…

ふぉっふぉ・・・

愛国とは「国の伝統や文化を愛し守る」ことではなく、「国の伝統や文化を守る為なら命を捨てる」こと。そして今国会で審議されているのは「国の伝統や文化を守る為なら命を捨てることを強制するかしないか」ということ。
このアメリカ合衆国日本州で…。
明仁天皇は、2.26事件を例に上げてこの愛国心の強制を大変危惧しておられた。誰よりも「戦争になれば真っ先に死ぬ力なき一般庶民」の平和を願っておられる天皇陛下のお教えに従い、純粋に現憲法を死守しようではないか。

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いや、共産党の街頭演説車が家の前の道路で「教育基本法改正案」をシバいて殴って畳んでポイして去って行ったのに便乗したわけではないです。<終>

第九話

各隊勇んで出陣と相成るや、藤崎の宮は少しずつだが元の静けさを取り戻しつつあった。先ほどまでの志士らの熱気が嘘のように、冷たく強い風が吹き荒れている。

「新開、我々もあと少ししたら出陣しましょう」

本隊二陣を指揮する富永守国である。彼は参謀としての能力を以って第二部隊長たる地位に望まれた。そんな彼だが不幸にも体調思わしくなく、この寒さからか風邪を患っていた。

「うん、そうだな。彼らが市中へ到着するという頃合を見計らってこちらも別々に打って出よう。」

「種田、高島らに逃げでもされては厄介ですからね」

太田黒、加屋両帥は共に中軍として参じ、大砲を要する陣営への斬り込み決行部隊を率いるものである。歩兵営同じく、厳しい前線指揮官としてやや緊張の色もにじみ出ていた。

「あとは、高津や石原らがうまくやってくれれば良い事。我々も遅れを取らぬ様頑張らねばなりませんな」

後ろから、一党の長老格であり皆が敬慕する上野、斎藤両氏が近寄ってくる。皆その声を聞き、そして先に出陣した彼らの姿を追い城下へと視線を向けたのである。一方、高津隊は足早に、暗い路地を目標へ向かって駆けていた。 種田少将はかなりの手達。万が一、彼の抵抗にあって仕損じれば全てが水泡と帰す。そうなれば、自分たちだけではない・・・石原ら襲撃部隊や、敵本陣と対峙する本隊の同志が窮地にやられる事は必死。高津は自らの刀を握り締め、我が一刀に己が全てを賭けて本願成就に望まんと気持ちを新たに進軍を進めたのである・・・。高津、桜井以下、少数の襲撃隊はいよいよ種田邸を確認。彼らは互いに無言のまま視線を交わすと、柄に手を添え高津の指示通りに動き、静かに塀や柵を越え邸内侵入を図る。燭を頼りに種田少将の寝所を捜索すれば、一つ小さな蝋燭の明かりが浮かび上がる。間違いない、標的を見つけたりと、一隊は足を忍びながらゆっくりと寝所の明かりを目指した。
四方に散り、気配を殺すと静寂の中に種田少将と彼が東京より請け連れてきた愛人小勝の微かな寝息だけが聞こえている。全体を見るとなんとも闇の儀式が如く薄気味悪い印象すらある。

「国賊起きよ!」

高津は怒声を発しながら寝所へ乱入しその頭部目掛けて刃を振り下ろした。その声に微かな気配に種田は瞬時に枕もとの刀を取って受け流すと、飛び起きて応戦の構えをとる。数合程、種田の応戦あって、負傷者を幾人か出しながらそれでも高津らは引く事なく戦い数回目にして漸く疲れを見せた彼に、隊士であった桜井が一刀を振り切り苦戦の後に首級を取るに至る。ほんの僅かな時間だが、彼ら一隊には長く厳しいものであった。横で小勝は怯えた眼を動かぬ主人から話す事も出来ず、ただ高津ら一隊の去るのを見送る他無かったのである・・・・・・。種田邸から素早く退去して後、高津隊は同じく、高島中佐襲撃を請けた石原隊と合流し彼らと共に行動する事となる。

「援護ありがたい、いち早く始末をつけ本隊の方へ合流しよう」

石原運四郎は示現流の達人であるが、少人数部隊であったが為、高津らの協力を有難く受け共に目標へと走って向かった。
その時、熊本城から大きな爆音と共に、赤い火の手があがったのである・・・・・・。

神風連血涙史

大楽源太郎伝3巻の追い込みのため、
次回の神風連血涙史は7月24日の更新となります。