記事一覧

古事記から見る神風連②

1.天地創造と神話の起源
(1)神代七代
かつて、天地は一つとされていた。それが何らかの影響にあって
二つに分かれた時、最初の神が現れたと言われている。
高天の原に姿を現した最初の神こそ天之御中主の神(あめのみなかぬし)であった。そこから次々と神々が誕生し、高御産巣日の神(たかみむすひ)神産巣日の神(かむむすひ)といった。高天の原とは即ち神住まう天界であり神々を数える時、「柱」という言葉を用いた。今誕生した神を数えるとするならば3柱という事になる。また、彼らは男神、女神の区別無き独神(ひとりがみ)であった。話を戻すが、この最初の神々は特に何かを成す訳ではなくいつの間にか姿を消してしまった。
まだ「地」が定まらぬ頃、新たに2柱の神が生まれたがこれもまたすぐさま姿を消してしまった。これまでの5柱の神は神々の中でも特別とされている。
国之常立の神(くにのとこたち)、豊雲野の神(とよくもの)、宇比地邇の神(うひじに)、須比智邇の神(すひちに)、角杙の神(つのぐい)活杙の神(いくぐい)、意富斗能地の神(おおとのじ)、大斗乃弁の神(おおとのべ)、於母陀流の神(おもだる)、阿夜訶志古泥の神(あやかしこね)、伊耶那岐の神(いざなぎ)、伊耶那美の神(いざなみ)など男女五対の神が誕生し、彼らを神代七代(しんだいななよ)と言う。

一般的に有名な神として、伊耶那岐、伊耶那美の神が知れており天照大神など日本神話で主神とされ神風連烈士の崇敬する神も彼らの身体を以って誕生するのである。今後神風連のものの見方考え方の理解を深めるべく、彼らも触れたであろう記紀やその他資料を読み随時紹介して行こうと思う。

参考:島崎晋著「古事記」

漫画の投票が

4000票を超えてました。
クリックして下さる皆様、ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いします。

大楽源太郎伝3

アップロードファイル 33-1.jpg

…を執筆中。
6月末~7月初頭に向けて発売出来ればよいな、と思っています。

今回は冷泉為恭暗殺。為恭は所司代酒井若狭のお抱え絵師であり、頻繁に宮廷に出入りしていました。彼は佐幕側の人間とも付き合いが多かったため、宮廷を佐幕論に染めようとしているという噂が勤王志士たちの間で沸き起こり、暗殺対象となったのです。
為恭は巧みに逃げ回ります。
そこで登場するのが、妻の綾衣。お寺の娘で大変美しい女性です。必死に夫の逃亡を助け匿いますが、ついに大楽源太郎に見つかって、夫を殺害されてしまいます。
一説には、これを「大楽が綾衣を横取りしたいがために起こした事件」と書いてありますが、彼は暗殺より2年も前から同志の長尾郁太郎と「どちらが先に為恭を殺すか」を競っていました。為恭が綾衣を京都から隠居先の大阪へ呼んだのは暗殺される半年前。大楽が綾衣に目をつけたのはその頃なので、暗殺動機にはならないでしょう。それに綾衣は彼より年上。(関係ないけど)

…と言っても、淡々とこの美女を尾行し目的を果すだけでは何の面白みもないので、今回は一目惚れ説を堂々採用。
ファン失格ですが、大楽先生も笑って許してくれるはず。

活動内容変更

本日より、神風連偲奉会をブログ形式で運営、残り半年の活動内容とします。どうぞよろしくお願い致します。

※同志交流の間は、これまで通りのログイン制です。

第五話

誠心誠意を込め、神前に祈りを捧げる太田黒伴雄。
一党の運命はこの宇気比に全てゆだねられた。

■最後の宇気比

剣豪3プレイ記ログ

再アップして行きます。

修羅モードでは彦斎が一応ラスボス。
ゲームの冒頭で登場する河上彦斎。最初はその恐ろしい人斬りに睨まれただけで震えるようなひ弱な剣士だったが、宮本武蔵や柳生一族、新撰組など数々の剣豪達と刃を交える度に力も技も精神も成長していく主人公。
32人の剣豪を全て抹殺した後に、再び彦斎が登場する。
修羅と化し成長した主人公の姿を見て「あの時の軟弱剣士が…噂に聞く最強修羅の正体だったとはな…」と驚きを隠せない様子。
そして最終決戦へと突入。


  

携帯からでも閲覧可能です

アップロードファイル 27-1.png

QRコード

古事記から見る神風連①

*神々の誕生*

ユダヤ、キリストなど天地創造以前よりあるとされる神を抱える
一神教の理念は神こそ万物創造の主であり、永久不変の存在として
描かれている。
それと対するものが多神教であり、神々の存在は万物創造から後に
生まれたものであるという考え方である。
日本で生まれた「古事記」などの物語はどうであろうか・・・。

古事記を読みながら、神風連を違う角度で捉えてみる事とする。
彼らとて一度は学んだ日本の起源とも言うべき資料であり、また
日本思想の原点とも言えるものなのでぜひともこれを読解したい
ものである。


参考:島崎晋著「古事記」

臥龍さん

アップロードファイル 75-1.jpg

昔描いた三国志のイラスト

やはり130年

今年の10月24日に、熊本国際交流会館小ホールで神風連130年の講演会があるそうです。10月24日は火曜日?
日曜日を当ててない事から、参加者は定年を迎えた中高年の方々がメインとなるでしょう。去年の資料館プレオープンの特別展示期間中に行けなくて、悔しい思いをした分これからは色んな行事に参加してみようと思います。
ニー…フリーターでよかった。

ちなみに、プレオープン後の資料館はやたら三島由紀夫臭がキツイので、彼のファンにはオススメです。

第八話

いよいよ挙兵へ向けての最後の段取りである。
領袖達は慌しく同志宅を行き来し、または斥候へ繰り出すものもあり。彼らに残された時間は残りわずかとなって、今より先は斃れるまで戦うべく戦場と相成る。
高津は種田少将宅など打つべく相手をよく知り、地形家屋の造りなどから打ちもらさぬ様にと向かい家の塀へ縋ってよく眼を凝らし辺りを窺っている。

「さて、どうしてくれようか・・・」

彼は任された大任を身命に代えても果たさんと意気込んでいた。
同じく高島中佐襲撃を請け負ったと聞く石原運四郎は何処にあったか。彼は秋月など様々な方面へ同志を回り、最後の打ち合わせに入っている。
敬神党の一挙に連動する一手は欠かせぬものとして、首魁太田黒らより厳命を受けての事であった。
着々と人士が打ち揃い、それぞれに会合成す場所へと集う時、既に日が暮れかかっていた。太田黒、斎藤両名他89名、首魁が姉・瀧子の嫁ぎ先である橋田家へ集結。食膳を共にし、集結場である愛敬宅(現熊本護国神社付近)へ向かう。上野、富永らは同志・鶴田伍一郎邸で食を摂って後、愛敬宅へ。他、石原、加屋、高津もまた、それぞれ加藤社や同志宅より愛敬宅を目指すのである。愛敬宅にて一党打ち揃うと、杯交わし、いよいよ皆兼ねてより整えておいた「勝」と書かれた章を肩口に結びつけ、大刀をしっかり差し立ち上がる。
太田黒は平服を纏い、その背に軍神八幡宮の御霊代を負うて将帥たる証とした。加屋もまた、平服のまま神前に供える白旗を取って襷十時に綾どり、事に臨んだのである。
皆個々に羽織袴に草鞋、具足のみ纏う、烏帽子直垂を纏い襷十字に甲斐甲斐しく打立てるなど様々な様相であるが、大小帯刀または薙刀槍を携えて集まる者はあれど、その中に銃器を構えている者は一人として在らぬ。まさに日本武士の戦いである。
暫くして、彼らはいざ宣戦を神前に唱えるべく藤崎宮(現・護国神社)へ向かいそこから各隊配置を伝達するのである。(細かな記名は省略する)
「第一隊は種田少将襲撃とし、これを高津、桜井以下6名とする」
「第二隊は高島中佐襲撃とし、これを石原、木庭以下5名とする」
「第三隊は与倉中佐襲撃とし、これを中垣、斎藤(熊次郎)以下8名とする」
「第四隊は安岡県令襲撃とし、これを吉村、沼澤以下5名とする」
「第五隊は太田黒議長襲撃とし、これを浦、吉永以下6名とする」
副帥・加屋は淡々と通達し、襲撃隊配置を報告するのみである。

「さて・・・それでは、城内本拠地への討入じゃが・・・」

城内は鎮台の本拠地であり、堅固な熊本城敷地内には小銃など打ち揃う近代兵器を装備した鎮西の兵が三千余・・・それ以上の数待ち受けている。同志達は緊張した面持ちでただ彼の声を聞いていた。

「まず、熊本城大砲営制圧は太田黒と不肖加屋をはじめとして、上野斎藤両先生、阿部等幹部を含め70余名の本隊とする。」

「次いで、同城内砲兵営制圧は富永、福岡、愛敬以下同じく70名で本隊別働隊とする。」

「・・・・以上が大まかな配置である。各人部隊長によく従って見事戦って頂きたい。」

加屋はそう言葉を締めくくると、太田黒をチラリと見る。
彼の言い終えるのを確認して頷くと、太田黒は同志を前に大きく宣誓する。

「我等は神兵ぞ!これより先は神のみぞ知る。皆一身を献げ奮戦すべし。」

一党が神がかりの決起はこれよりはじまるのである・・・・・・・。

愛歌

アップロードファイル 28-1.jpg

加屋先生のこの歌、大好きです。

剣豪3プレイ記最終回

アップロードファイル 72-1.jpg

小次郎殿は長かった…。
真剣勝負を申し込んだものの、見事に返り討ちにあってしまった。私の“修羅への道”もここまでか。
まぁ仕方ない。最期は皆さんに私のこの美しい素顔を披露して終了しよう。それにしても情けない最期だ。

剣豪3プレイ記30

アップロードファイル 71-1.jpg

御前試合で小次郎殿に勝利した私は彼の部屋に呼ばれた。どうやら宮本武蔵と対決しなければならないらしい。そして勝った方が正式に仕官できるという。
武蔵VS小次郎
…明日になればどちらかが倒れているだろう。
私の中で恐ろしい欲望が渦巻いたのはその時だった。
二人とも自分の手で倒したい!

剣豪3プレイ記29

アップロードファイル 70-1.jpg

豊前の御前試合で小次郎殿と闘うことになった。佐々木小次郎…こりゃ今まで闘ってきた相手とは格が違いそうだ!
…あ。そうでもないや。
そういえば御前試合は木刀での勝負だった。物干し竿さえなければ小次郎殿なんてただの佐々木さんだ

剣豪3プレイ記28

アップロードファイル 69-1.jpg

お次はちょっと離れて豊前!京都より西へ下るのは初めてだ。わくわくしながらの道中、これまた奇妙な男と出会う。彼の名は佐々木小次郎。
そして長いものに引っ掛けられた。昔の私なら泣いているところだ。まぁよい。豊前へ急ごう。

掘り出し物

アップロードファイル 30-1.jpg

2004年年賀状。
来年こそは年賀状を…

投稿テスト

アップロードファイル 22-2.jpg

懐かしいトップ絵を再び
3年前のイラストです…。

第四話

太田黒が宇気比に臨む一方で、加屋霽堅は一人廃刀令
における上奏文を認めていた。これが後に「廃刀奏議書」
として後世に残るようになる。

■廃刀奏議書

第三話

後輩達の熱き思いに心揺さぶられ、最後の宇気比への
決心を固める太田黒伴雄。可と出るか不可と出るか…
全ては神のみぞ知る。

■雲間の光

第二話

ついに政府は廃刀及び断髪令を出す。
熊本城下にも徐々に 武士の短髪脱刀が見られ始め、
その醜態が広がりつつある今、神風連の嘆きもひとし
おであった。

■廃刀令・断髪令

第一話

欧化を断行する政府に対しいかがな対処をとるか、
宇気比を行う太田黒伴雄。 御伺は二つ。一つは
一党を挙げての決起、そしてもう一つは加屋霽堅の
かねてよりの願いであった。

■神慮下りず

第七話

「それにしても、それぞれに集合する場は決まったのですか?」

高津は170名もある一党が直ぐ様纏まって動くのこそ危険だと危惧していた。それを察し加屋は傍らの太田黒をチラと見ると口を開く。

「特別どうという意味は無いが。まあ一応は考えて居るが・・・」

「では、ほぼ行程は固まったと言う事ですね。ああ、よかった。先程此度の事聞いたばかりですから、色々と解らぬ事ばかりで不安もあったのですよ?」

高津は方策が固まりつつある事に安堵して具体的な自身の役割に関心を向けた。

「それで、私はどちらへ向えば良いのですか?」

「実はな・・・」

太田黒は言いかけて隣の加屋に続きを促す仕草を見せた。
言わんとする所を察し、彼は已む無しと言う表情で静かに頷きこちを開いた。

「高津君には種田邸・・・あるいは・・・高島邸へ走ってもらいたい」

「襲撃・・・ですか・・・」

高津は声を潜めじっと加屋を見つめた。

「うん。両者は鎮軍の大物じゃ。ここは確実に仕留めて置かねばならん。君ともう一人小隊を率いる者として石原運四郎を選任している。どうだ・・・できそうか?」

「出来る出来ぬより・・・する他無いでしょう。いや・・・是非にやらせてください」

膝に添えた手をギュッと握り締めると高津は真直ぐに清んだ眼差しを両帥へと向けた。

「それは有難い・・・では、すまぬがそのつもりで覚悟をしておくれ。この戦はどう転ぶかも知れん。丁度熊本へ帰って居るのだ。家へ寄って来るといい。」

加屋がしみじみと哀愁帯びた瞳で告げると高津は静かに頭を下げた。高津運記には幼い娘がいる。人吉という離れた社中に勤めておる為か余り家へと寄り付く暇なく、愛娘の末は気がかりな所であった。おそらくこれが自身にとって最期の顔合わせとなろう・・・。
彼はそう覚悟して一目でも老いた母と妻子に会いたいと願っており、ここを離れたら是非に自宅へ戻ってみようと決めていた。加屋もまた妻子と痛ましく最期の別れを無言に交わして来た我が身を振り返り、高津に静かに惜別を進めようとしていた。その厚情を受け止め彼は新開を辞し、自宅への帰路についたのである。


「旦那様・・・!旦那様では御座いませぬか!!」

丁度玄関先に居た妻は、夫の姿を認めると驚きを隠せぬのか目を見開いた。

「ああ、急ですまないな。して、母上のご容態は?」

「・・・え?お義母様?ご容態と仰いますと?」

「母が危篤なる知らせを受けたので大急ぎで熊本へ立ち返ってきたのだが・・・」

妻の妙な反応に、高津は首を捻った。普通容態に変化があれば即座に返答があって然り・・・である。訝る妻を尻目に高津は母の室へと足早に向った。

「母上!」

「あら、運記・・・そんなに慌ててどうしたの。それに貴方お勤めがあるのではなかったのですか?本当に・・・どうした・・・?」

老いた母は目を瞬かせ心底驚いている風だった。その様に病んだ気色は無く高津自身我が目を疑うほど健全たる姿だった。

「はっ、はい。実は此度母上がお加減悪いと言う噂を聞きつけまして・・・」

「ま、私が・・・?一体どう言う噂かしら。不吉な事を申されますな・・・」

母は我が子の言葉に眉を潜めている。
彼もこの予想外の反応にはいささか困り果て正直な言葉を紡ぐ他無かった。

「え・・と・・・兎も角居ても立っても居られず後事を祠掌らに託し来熊した次第でありまして・・・。母上・・・申し訳ありませぬ。」

「私は至って達者ですよ。嫁もそう言っておらなんだか。まあよい、元気なお姿を久方ぶりに確認できたのですから。ただ、今後はしかと神明に尽くしなされ?」

厳しい母の言葉を受けて部屋を出ると、幼い娘が駆け寄ってくる。
今生の別れと知って接する父の心を知ってか知らずか僅か三歳になる愛児は無垢なままに我が身に縋り付いてくる。高津は暫く娘に菓子を与え構い、いよいよお暇せんと腰を上げた時、彼が母が兼ねてより

吉村宅に頼んであった、彼の好物「団子汁」を用意させこれを子に与えた。この後、家族には人吉に帰ると告げると、彼は阿部邸へ向いいよいよ出陣に向け動きだすのであった。


第六話

「挙兵の日取りが決まっただと・・・?」

「うむ。実はな・・・早くに連絡できればよかったろうが。」

高津は目を見開いて阿部を凝視した。
阿部は言葉詰りながらゆっくりと話を進めていく・・・。

「今夜、鎮台に仕掛けるつもりだ」

この言葉を聴いた瞬間、高津は覚悟という言葉と共に、全身総毛だった。背筋を伸ばし、顔は高潮し、いよいよ自分も志を以って散っていくのかと・・・・・・
汗ばむ手で袴をギュッと握り締めて気を静めるのが精一杯であった。ふと、そんな彼に一つ二つ・・・顔が浮かぶ。

彼は三歳になる娘がいた。おそらく自分が帰ってきている事も、挙兵なぞする事も露ほど知らぬだろう。きっと娘は、妻は、母は、皆今自分が人吉で祭事に励んでいるだろうと今この時とて疑いはしないだろう。そして、彼を育てた母は果たして無事であろう・・・。そう思うと高津は居た堪れなくなった。
彼は、一度新開へ言って方策を尋ねんと言い阿部邸を後にした。


-新開皇大神宮-

古い伝統ある鳥居が視界に入り、立派な神殿が姿を現すと高津は襟を整え、背筋を伸ばしその厳かな門を潜った。
さて、一方その中では太田黒加屋両帥が密議を凝らし、一室に篭っていた。

「では、富永君の言う通りに幾手に分隊させて攻め寄せよう」

「うん。粗方の配置は決めて居るが・・・肝心の種田らを打つ手が・・・」

「ああ、確かにそれは私も気にかけて居りましたが・・・今一度腕の立つ者をよく選考し、一隊を任せる人材を検討せねばなりませんな」

太田黒は日頃穏やかな空気を纏う人だが、この日ばかりは流石の彼もピリっとしてその表情は緊張に強張っていた。

「・・・しかし・・・この様に全て決してしもうたが・・・・霽堅、本当にすまなかったな」

「・・・は?」

太田黒の口から出てきた謝罪とも取れる言葉に彼は思わず目を白黒させた。何の事を言っているのかまるで検討もつかない。
太田黒という人は人格者といえばそうだが、常人と一風変わった所もある人物である。
唐突に何を思って言い出したのかと小首を傾げ訝る彼に微笑すると、太田黒はふとそこにある火鉢に視線をやった。

「いや・・・、お前は別の御神慮を願って居ったものをこの様に断念させてしもうたしな。

自身の志を・・・宇気比による結果とはいえ曲げさせてすまなかったと思ってな」

「いえ・・・神の御意志それこそが私の志でもある訳ですから、誰に左右されるものでもなく・・・お気になさるな」

加屋は目を伏せ正座したまま姿勢を整えながら呟いた。

「・・・・・・子供らには別れを告げてきたかね」

ここではじめて、淡々と落ち着いて語り返す彼の表情に僅かな同様の色が伺えた。加屋霽堅は平生より子供を愛し、男親にはなかなか懐き難い二人の女児までもが母親以上に纏わり懐いたと言われている。彼はこの挙兵に際しても、この2日程前の夜に一人褥を出て愛児の寝顔を愛でつつ後ろ髪引かれる想いで自宅を出てきたのだ。

「伴雄さん、私はもう一人の兵に過ぎません。妻も子も家も全てを捨ててこの戦に向わんとする者に御座います。貴方方とて同じではありませぬか・・・」

太田黒はこれを聞いて、全身が熱くなるのを感じた。
しんみりと静まり返った室内に大きな声が響いたのは、それから直ぐのことであった。

「伴雄さん、高津さんがお見えですよ」

老いた義母が障子の向こうから高津来訪を告げると、二人は一斉にそちらを振り向いた。義母はこの一室へ招く旨了承を取りつけると、小走りに長い廊下を歩き去って行った。
やがて、二人の前に件の人物が姿を現すのである。

「お二方、ご無沙汰しております」

高津は膝を突いて丁寧に挨拶を交わすと、招かれるままに室内へと入ってきた。

「やあ、元気そうでよかった。たしか人吉では大祭の最中だったかな?」

太田黒は申し訳なさそうに言った、当の高津はからりとして手を軽く振ってみせるのだった。

第五話

石原は富永邸へと一人向かい、門を叩いた。
富永守国は年老いた母、そして兄弟達と静かに生活を営んでいる。
彼は大変な孝行もので、病を患った母へ炊事などの世話まで行い、異教として抵抗のあった仏法のお題目をもまた母の為と唱えるほどであった。その彼も、いまや挙兵へ向け一党の参謀長としての重任を負い兄弟と共に日々同志間を奔走する身であった。

「守国、丁度良い所に出てきてくれたな」

富永は今丁度阿部宅を訪ねんと支度を整え外出する所であったから、突然声を上げて呼ぶ石原の声には流石に驚いたようで眼を瞬いていた。

「運四郎・・・!驚いた・・久しく我が家へは来て居なかったろう?」

「ああ、大概阿部か新開辺りで会合しておったからな・・・」

彼はのんびり構えてそう告げると、

「ところで、今からどこぞへ参るのか?」

と、すかさず言葉を付け加えた。

「え?あ・・・ああ。これから阿部の所へ行こうと思うとる。一緒に行くか?」

「ああ、俺も3人で話をする為に来たんだからな。行こう」

こうして二人は連れ立って水道町へと急いぐのであった。


水道町への向かういくつかの細い路地で、彼らは洋装纏った男女を見つけた。夷風に犯された文化がついにここまで迫っている。
二人はぞくと身を強張らせ危機を全身で感じ取ると、無言のままに同志宅へと急いだ。

阿部邸へ着くと、いつもと変わらぬ凛とした女性がまず二人の来訪を喜んで出迎えてくれる、以幾子である。

「まぁ、石原さん、富永さん、どうぞどうぞ。主人に会ってくださいませ」

以幾子に促され軽く挨拶を交わすと彼らは遠慮なく屋内へ上がるのであった。

「・・・挙兵に際して、他の同志共連携を強化しておく必要があろうな。」

もの静かな阿部の声が一室に響く。

「俺は今からでも肥後を出て伝書を持って秋月へ飛ぼうと思っている」

石原運四郎の声は低く透き通った美声であるが、非常に武張った人物である為余りその容貌に拘らず敢えて着飾る事もしなかった。そんな彼の声も今は僅かながら焦燥感を漂わせていた。挙兵のその時を強く感じているからである。

「高津への知らせは緒方に任せ、我等は同志達の会所を整えよう・・・」

富永は二人の顔を見やると、そう締めくくった。
こうして、一同は散会し、それぞれにすべき事を成す為に動き出した。

石原はその日のうちに秋月を目指して肥後の街道を上っていった。
阿部や、富永はそれぞれ自宅へ戻ると、直ぐ様家人を呼びつけ同志達の待機所として接待に追われた。
いよいよ決起するその時に向け、それぞれに動き出すのである・・・・。


緒方小太郎は、富永の知らせを受け直ちに人吉の高津へと書を認めた。人吉は中心部より離れており、彼の元に手紙が届いたのは廿二日のことであった。その日彼は廿五日に控えた神社の大祭の為、祠掌等と共に準備に勤しんでいた。

「母危篤が為、至急来熊願いたし-・・・・」

緒方からの知らせを受け手早く段を取ると、後事を祠掌の福山に託すや直ぐ様出立整えて熊本へと向かうのであった。


人吉を出て、彼が熊本市街へ入ったのは廿四日、すなわち挙兵当日の朝であった。高津は到着後自宅へ戻らず、阿部邸を訪問した。

「おお!高津か。漸く来たな。まあ奥の間へ上がってくれ・・・」

阿部は彼の肩を叩きながら明るく迎えた。

「ああ。所で緒方君から書簡を貰うたが・・・」

旅装束を緩めながら高津は知らせを案じつつ訪ねると、阿部から帰ってきた答えは全く違うものであった。

「・・・・・・挙兵の日取りが決まった」

その声は先程の明るい彼とは思えぬ低く冷たいものであった。

第四話

朝霜の深い時間、褥を出て加屋は庭の井戸水を汲みに向かった。手ぬぐいを片手にゆっくり冷水を含むと彼は軽く手で掬ってそのまま顔に浴びる。冷たい空気と重なりひんやりした水がぼんやりした眼が冴えて来ると持した手ぬぐいを少しばかり広げて滴る水を拭った。自室へ戻った彼は着物を重ね羽織袴を穿くと玄関へ急いだ。

毎朝の神社参拝は欠かせぬものであった。宮司であった頃から・・・もっと以前からの習慣でそれをせぬ日は無い程であった。暫く錦山を目指し登り道中腹に差し掛かった所でふと城下を見下ろした。熊本の雄大な姿を拝み見、ほうと感歎の溜息を漏らすと再び小高い参道を顧みて歩を進める。

「加屋先生ーーー!」

あと少しという所で背後より大きな声がかかる。彼はその声に聞き覚えあった。彼は僅かに困った笑みを浮かべ後ろを振り返るのであった。

「・・・・・・石原君か」

加屋はボソリと名を呟いた。石原はうっすら笑みを浮かべながら小走りに近寄ってきた。

「はぁはぁ・・・加屋先生もついに義に応じる決意を固めたそうですね」

「・・・・・・」

石原は屈託の無い笑みで重い一言を口にした。それを聞いた加屋は、ああ、と一言静かに口にすると踵を返し山道を上がっていった。

「あ・・・あれ?」

置いていかれた事に気付いて石原は慌てる事なくぼんやり間の抜けた声で彼を追った。彼はそれを気にするでもなくどんどん加藤社へと上っていくのであった。

―・・・加藤錦山神社-加屋は立派な石造りの鳥居を潜ると真直ぐに本殿へ向かう。彼はそのまま本殿の手前で立ち止まると何時もの様に拍手を打って祈念するのだった・・・。石原運四郎は加屋の後姿に追いつくと、彼に倣って神前へ拍手を打ち瞑目した。加屋は暫く祈り続けていたがやがて静かに眼を開くと、いつの間にか傍らで手を合わせ祈願する石原をそのままにして社へと入っていった。

「あ、加屋先生。お勤めご苦労さまです。」

「うん。これだけは欠かす事が出来んからな。」

加屋は元々ここの神官であり、辞する以前はこの祠掌らとこの社で祭祀を祭っていた。挙兵の事はあくまで極秘にして彼はひたすら同志と歓談していた。

「・・・・加屋先生、置いていかんで下さいよ・・・」

ふと顔を上げると先ほどから後へ着いて来る石原の姿があった。彼もまた神職者であって宇土の西岡社に勤めていた。加屋霽堅が加藤社辞表を出して以来ここには神官が不在となっており、木庭や浦のような祠掌だけで静かに祭祀を祭っていた。あるとき、同志の一人が石原を尋ね便宜の為遠い宇土より加藤社の神官へ推挙をしたが彼は、

「会合の便宜を取って後に入るのは加屋が辞してまで訴えんとしたその志を冒す事に成り得る」

として、断固として加藤社を預る事を固辞したのだった。

「加屋先生・・・つまり挙兵に際しては敵陣へ急襲を行うしか勝機掴めぬと仰せですか?」

木庭は恐る恐る彼に問うた。加屋は静かに頷くと、

「うん。相次ぐ乱によって城内にある鎮西軍もその多くが出陣しておりまさに今が好機。とはいえ我等一党のみで寄せるにおいてやはりまだまだ敵兵の数ではあちらが勝る・・・」

彼は平生よく神社への詣でる際、熊本城を遠く眺めながら子供達に教示する事がある。
城を見下ろす高き山頂に立って、砲撃を浴びせれば難なくこの難攻不落の城をも落とせてしまうだろうと・・・。しかしその法を用いる事はなかった。
彼らはこの後の激戦でも最後の瞬間まで士魂を貫き通すのである・・・・・・。


「加屋先生、時にこれからの御予定は如何?」

石原はそれとなく訊ねた。彼は出来る事ならこの領袖と向き合って同じく戦術を交錯してみたいとも願っていたからだ。しかしながらその思いとは別の答えが返ってきた。

「俺は一度新開を訪れ今後の方策を練ろうと思う。石原君、あんたも富永らとよく協議し、此度の一挙に向けての準備を整えておいて欲しい。」

彼はそういい残すと、錦山をさっさと足早に下っていった。


第三話

「・・・・・そうか・・・霽堅が。」

予期する事とはいえ、やはり彼には衝撃が大きかった。上手く説得できればと微かな期待を持っていたが、いざ現実を見るとどうもうまく事は運ばないようだ。

「既に覚悟を決めておられる様ですが・・・」

「そうか・・・それ程に・・・」

「新開・・・まだ僅かにでも同意の余地があるのであれば、諦めずに多方から使者を遣わすのがよいかと・・・」

「しかし、彼のあれ程の決意を無碍にするのもな・・・」

彼は士気の低下を懸念しながらそれでも加屋霽堅という古くから親交ある友の志を尊重したいと考えていた。加屋と太田黒は河上彦斎と並んで国学者・林桜園の門を叩きよく競い交わりを深め三強と称される密な間柄であった。彼がもしどうしても建白をと望めばそれもよかろうかと思う位であった。かと言って、富永ら同志の言をそればかりを重んじる余り軽視する事もできず、正に板ばさみとなっ
て彼は日々苦悶するのだった。挙兵の日まであと僅かと迫っており、時間は残り僅かしか無い。その僅かの時間に富永ら幹部達は加屋霽堅を説得し、また多方面の同志達の間を奔走した。本当に慌しく日々過ぎ去っていった。富永、阿部、石原は幹部であり同時に桜園門下の友人同士である。彼らはよく会しこの度の挙兵においても結束し太田黒の頭脳としての役割を大いに果たしていた。

「そういえば運四郎、お前今日は加屋先生の方回ったのだろ?どうであった?」

阿部は茶を啜りながら向かいに座した石原に聞いた。彼らは阿部宅へ夕刻集まり会食をしている。石原と阿部の間に座っている富永は肴を箸でつつきながら彼らの会話に耳を傾けていた。

「ああ・・・。加屋さんの所だろ?どうかな・・・結構共に挙兵するという事に傾きかけていると俺は感じたがなあ・・・」

「う~ん・・・あと一押しか・・・」

「ああ、何か引切り無しに幹部が来て困っているようだ。進退を神慮に委ねるつもりかもしれん」

石原はそう言って、箸を取って食を再開した。やがて、阿部の妻・以畿子が汁碗を盆に運んできた。三人は一頻話を続けると後は他愛も無い雑談に興じて夜を過ごすのだった。


一方の加屋霽堅も、代わる代わるに訪れる同志達の言葉に耳を傾ける内、自信の進退を如何にすべきか・・・悩んでいた。

(富永君らの言い分も解る。だが、建白し死諫せんとする志も簡単に捨て去る事は出来ん。)

悶々と昼夜考え込み彼が下した決断はやはり敬神というものであった。その明くる日、彼はかつて自分が神職を勤めた加藤錦山神社の道を登り、社殿を目指していた。既に祠掌らは詰めており、神官不在のままであったが、滞りなく厳かに祭事を司っていた。その祠掌の一人、浦楯記の姿を見つけると彼は歩み寄った。

「あ。加屋先生ではありませぬか。こんな朝早くから如何なされました?」

「うん・・・実はちと宇気比を依頼しようと思うてな。」

浦は一党の同志として加屋の件を先だって聞かされていたので直ぐ様依頼を承知した。彼はそのまま別間で待つ事となり、加藤社の祠掌たちは忙しく神事の支度にかかるのであった。加屋霽堅の進退を決める神事が行われるのは挙兵3日前の事である・・・。

加屋霽堅はこの宇気比に己の進退をかけていた。廃刀令施行が急速に進みだしてから、同志達が論に揉め急進せんと煮えたぎる中、加屋は一語一句に誠心誠意込めて建白書を書き綴った。その文は長き歴史の中で持して来た武士の魂とも言うべき刀剣賛美と西洋体制に急転する政府への諫言を主としたものであった。もう一つは幾度と説得に来る同志と共に刃を取って立ち上がるという決起すべしとの
案であった。流石の加屋も彼らの決死の奮起を見ては動かざるを得なかったのであろうか・・・。ともかく彼は祠掌であり後輩でもある浦に二件何れであるのかを伺わせる事となった。

「それでは・・・」

浦は本殿中央に祀られた神棚へ傅き深く額が床につかんばかりに伏し拝む。ブツブツと奉じると同時に丸められたクシャクシャの紙を錫で選び取る。掬い上げたそれを手にとって浦は恭しく拝しゆっくりと開封した。加屋はそこへ立ち入る事もなくその回廊隔てた一室でじっと本殿から目をそらさずに座していた。この宇気比はどう転んでも彼にとって最期のものとなる。キィッっと古びた戸が重く押
し開かれる。疲れやつれた浦の姿がそこにあった。加屋はその姿を認めるや否や、顔を上げ浦の姿をじっと見つめた。

「加屋先生・・・」

「・・・・・」

加屋の額には緊張の為か微かに汗が滲んでいる。浦は幾分冷やかな面持ちで彼に言葉を続けた。

「此度の挙に参じるべし・・・との御神慮にございました」

「・・・・・・・有難う御座いました」

加屋は彼の言葉を神のそれに見立てて丁重に頭を下げた。それから今度は一つ溜息を付いて気を落ち着かせると、再び頭を上げ浦を見た。その顔は迷いが晴れて清清しいものであった。

「加屋先生、可しとありましたが・・・此度の挙には・・・・」

「いやいや、神の御意志であられる以上俺がそれを否定する理由はない。皆共に戦場へ出ようじゃないか」

加屋霽堅は、この宇気比によって同志達との命を賭しての挙兵に望む決意を固めた。浦は僅かに複雑な思いを持ってその側に佇んでいた。



第二話

錦山の傾斜を下ると城北に位置する町・新堀に入る。高津、富永はこの新堀付近に居を構えている加屋邸を訪れていた。幾通りもの大小様々な路地を潜り抜けると、風格ある門が見えてくる。二人は頑丈な木製の門戸の前に立って顔を見合わせた。

「御免ください。」

富永の澄んだ声が響くと同時に奥から人の気配がパタパタと近づいてきた。

「はぁい。どちら様でしょうか?」

奥から出てきたのは若い女性であった。身なりから察するに彼の妻女であろう。厳格な加屋の妻らしく清楚で凛としていた。二人は丁重に挨拶を交わすと夫人に主の所在を問うた。

「敬神党の富永と申します。突然訪ねて来て申し訳ありませんが加屋霽堅先生は

いらっしゃいましょうか?」

「同じく、高津と申します。是非先生にお会いしたく参りました」

「まぁ、それでしたら私主人を読んで参りますわ。どうぞ客間へお通り下さい」

夫人は二人を夫の知己と知るや柔らかい笑みを浮かべ嬉しそうに客間へ通した。二人は清澄な空気と緑の生い茂る庭園を楽しみながら夫人の後を付いて行った。

「こちらでお待ちくださいな。すぐ呼んで参りますので。」

そう言うや夫人は足早に客間から出て行った。残った二人は主を待って、襟を正し背筋を伸ばし彼を待ち続けるのだった。客間で出された茶を啜っていると、漸く件の人物が姿を現した。

「あ・・・・加屋先生。」

富永は姿を認めるととっさに口を開いた。

「ご無沙汰しております。・・・あの・・突然の訪問で申し訳ありませぬが私達はこの度・・・」

「挙を勧めに来たのだな?」

富永が全て言い終わるより先に加屋は彼らの意を読み彼の言葉に重ね告げた。

「え・・・・あ・・は、はい。やはりお気付きだったのですか。」

「まあ、ここを訪れるのは君らだけではないからな。」

「え?そ、それでは・・・」

加屋の台詞に富永らは狼狽した。自分達以外にも同じ目的でここを訪れるものがあるとは。

「やはり挙兵は避けられぬか。」

「・・・は、はい。新開の伺いたてた御神慮によりますれば、その様に・・・」

「・・・・そうか・・・」

加屋は神慮という言葉を聞いて僅かに繭を潜めると重く溜息を吐いた。富永もまたいい終えると眼を伏せ黙ってしまった。高津は二人の沈黙をただ見守るしかなかった。

「加屋先生・・・どうかお力を貸してはいただけないでしょうか」

長い沈黙の後、暫くは沈黙を守っていた高津運記が口を開いた。加屋はその声にかすかに視線を高津に送ったが直ぐ元に返してしまった。

「加屋先生・・・」

富永もこれに加えて半ば強請る様な口調で名を呼ぶ。

「・・・・すまぬが・・・私には既に決した事がある故直ぐにそれを曲げてしま

うわけにはいかんのだ・・・」

加屋が申し訳なさそうに言うと二人は驚いて顔を見合わせた。

「はぁ・・・それならばまた折をみてお返事の方頂に参りましょう・・・事が事なだけに早急な返答は難しいでしょうからね。」

「・・・・それでは、また後日という事で・・・今日はこれで引きましょう。」

「・・・」

二人は静かに加屋邸を辞すると、城南へ向かって歩き出した。

「なぁ・・・高津、確か水道町には阿部が居たな。少し訪ねてみようか?」

「え?ああ・・・そうしようか」

彼らは道を北から南西に流れ参謀の一人・阿部景器の邸を目指すのだった。水道町・阿部邸へ着くと二人は主である阿部景器が留守であると知らされる。

「阿部が留守か・・・もしや我々と同じように加屋先生を訪ねているのでは?」

「うん。ありうるな。それかまた新開かもしれん・・・」

二人は已む無く阿部邸を辞し新開村を目指した。道中幾人かの若い同志達に会って挙兵の是非を問われたが全てが決定するまで内々にとの事だったのでそれらの質問を軽く交わして何とか新開へたどり着いた。

「ごめんください。」

富永は新開大神宮の鳥居を過ぎ側の太田黒邸を叩いた。
暫くすると、中から一人初老の女性が姿を現し彼らを出迎えるのだった。

「まぁ、いらっしゃい。伴雄さんなら先程から本殿に篭って同志の方とお話しておりましたが。」

「そうですか。それではそちらの方へ行って見ましょう。」

初老の女性-・・太田黒の義母に礼を言うと富永、高津は本殿へと足を向けた。

「新開・・・?」

ガラリと木戸を開けると中は別世界のように厳かでひんやりとした空気が流れている。その奥に黒い人影が浮かんで身動き一つせぬままに中央に厳かに座していた。

「あ・・・・新開・・・」

富永は太田黒を日頃よりそう呼んでいる。彼の姿を認めると視線を彼から動かさずに名を呼んだ。その声は微かにだが乾いていた。

「・・・・・・富永君達か。」

「お邪魔します。ご報告に上がりました。」

太田黒はその声だけで何かを察したのか一瞬顔が曇ったが、直ぐ表情を戻し二人に向き合った。

「聞こう。中へ入りなさい。」

「失礼します」

富永が先に敷居をまたいで入り高津もそれに続いた。

「さて、報告でも聞こうか」

太田黒は彼らの座るのを待って口を開いた。二人の言わんとする所は先にも述べた通り察しているがそれでも彼らから直に聞かねばならぬと思って、静かに言葉を待つのだった。



第一話

夏の暑さが幾分和らぎ秋風が吹き抜けて行く一本の回廊を、白い装束を纏った男が一人歩いている。伊勢神宮の分詞・新開大神宮の神官、太田黒伴雄である。彼は頭に冠を被り衣の袖をなびかせながら本殿へ向かっていた。中へ入ると、空気は一変し冷たく厳かな気配が漂っている。彼は一人その中心に座して神前に額づき静に祈り続けている。既に七日もの間火の物を断ち挙句は断食まで課している
から身体は細く痩せ顔色も白くやつれている。それでも彼は一心に神へと祈り続けた。明治9年3月に断髪・廃刀令が下され、長く続いてきた武家社会に幕が下ろされようとしていた。太田黒を擁する敬神党一派はこれに大いに反撥。一党の若者達は日々挙って彼の門を叩き挙兵の期を求めている。暫くは宥め説得を繰り返してきた彼自身も、遂に挙兵已む無しとの見解を示し今正にその進退を決する為の宇気比を行っている所であった。彼は顔を上げ姿勢を正すと両の腕を肩ほどまで上げ大きく柏手を打った。その音は至極清らかで静かな本殿によく響き渡り、痩せ細ったその肢体からは想像付かぬ程力強く響いていた。宇気比は幾通りかの案を紙切れに書き置いて何れに従うべきかを占うものである。彼は決起すべきか否かを伺う為に、この儀式を行おうとしていた。決起に関しては何度かこの宇気比を実践しているが、ことごとく不可とされ終わっている。この度の宇気比はまさに彼ら敬神党にとって期待の集まる所であった。挙兵の可否を記した紙切れが置かれ静かに拝するとその一つを錫で拾い出し、恭しく手に取って中を拝み見ると震える手でそれを握り締めた。彼は神慮を伺うと再び深く神前に伏し冷やかな本殿を後にした。

隣接する一室では一党の幹部達が詰めており、彼の姿を静かに待ち続けていた。皆本殿の奥からゆっくりと歩いてくる太田黒の姿を認めると視線を落として彼の言葉を待った。彼は幹部達を見回すと一つ息吐いて静かに言い放った。

「此れより我等は神兵となった」

太田黒の声は低く落ち着き払ったものだった。幹部達はこの時漸く顔を上げて深く頷くとそのまま会議に入り、挙兵が確実なものとなるのである。挙兵の期日は十月廿四日とし、大まかな隊編成も決まった。
参謀達は彼を囲み細かな挙兵の謀議に入った。参謀達の中でも信任厚い富永が彼らの言を聞きそれらを纏めている。彼は大変な切れ者で、この一党を事実上指揮運営してきた人物である。

「鎮西鎮台の司令官種田政明、その参謀長高嶋茂徳、この二名だけは是非とも先に叩いておかねばなりません。従って腕の立つ者を派遣したいのです。」
富永が案を出すとすぐさま答えるものがある。ふと視線をそちらへ向けると同年の高津運記、石原運四郎二名が名乗りを上げていた。富永はこれを見て大いに安堵し彼らに襲撃隊の主力を任せることにした。

「ではこれで全て決まったな。あとは同志達へ知らせ日を待つばかり・・」

太田黒が言いかけたその時、襲撃隊に名乗りをあげた高津がそれを遮った。

「加屋先生の件はどうなされるのでしょうか・・・」

高津は遠慮がちに小さな声で副将加屋霽堅が挙兵に反対している旨を告げた。

「霽堅が・・・・?」

太田黒は目を瞬かせ動揺した。挙兵の時にはまず賛同し一党の支柱になり共に戦っていくとばかり思っていた加屋霽堅が挙兵に対して反対の意を持っているなぞ到底考えられなかった。高津は彼の落胆振りを目の当たりにしながらも敢えて言葉を続けた。並ぶ七名の参謀も俯いてしまっている。加屋霽堅は河上彦斎、そしてここにある太田黒伴雄と共に林桜園に国学を学びその影響を受けた一人で、世
間に門下三強とまで言わしめる程の人であった。学識のみならず、熊本で盛んであった宮本武蔵に習った二刀剣術四天流を修め詩吟和歌をよくする文武の士である。共にこの百七十余名の敬神党一派を纏め上げ桜園の思想をしかと伝え助けてきた同志が欠けるという事は一党の指揮にも大きな影響を及ぼし得策ではない。

「新開・・・では、これから時間を見て我等が代わる代わるに説得を試みてみま

しょう。加屋先生の存在は指揮に影響するもの。まずは私が行って先生の意を伺って参りましょう。」

そう言って高津は太田黒を励ました。

それから直ぐ様高津と富永は会議を終え新開を出ると錦山へと歩き出した。

「なあ富永、加屋先生はどの様にお考えなんだろうな。」

高津は正直余りこの説得に対する自信がない。加屋霽堅が簡単に人の意見に傾倒する様な人物でない事は分かっていたから高津富永両人は頭を抱えていた。しかし、一党の士気の為にはなんとしてでも協力を得たい。太田黒の落胆する様を見ては何とかしてやりたいと思う気持ちもあって二人は力を込めて門戸を叩いた。

「富永です。加屋先生は居りましょうか?」

少し高く澄んだ声が響く。暫く戸の前で立って待っているとガラと木製の戸が開き加藤社の祠掌を務める木庭保久が顔を出した。

「これはこれはお二方どうなすったのですか?」

「木庭君。加屋先生は居られますか?」

富永は親しく聞いた。平生から敬神党一党の繋がりは縦横に強く、一つの志思想を元に結束している。様々な年齢層で構成されているが皆折り合いよく互いを敬愛し一つの家族的な繋がりすら感じられる。木庭は彼らの問いかけに少し表情を暗くした・・・。

「ふむ・・・。それではここ最近はずうっと家に篭って居られるのか・・・。」

「はい、先日朝参拝に居られましたが・・・そういえば今日はまだ見ておりませんね。」

「で、家に篭って何を為さっているのだろう・・・何か聞いてないかね?」

「い、いえ。私は何も。ただ、思いつめた表情であった事位しか判りません。」

「・・・・」

富永の問いに祠掌の木庭は少しずつ重い口を開く。二人の会話を見守っていた高津は暫く腕を組んで考え込んでいたが社殿へ向かう一人の人物に気づきそれを呼び止めた。

「浦君じゃないですか。」

呼び止められて振り返ったのは木庭と同じく加藤錦山神社の祠掌・浦楯記だった。彼は敬神党の士として活動をする一方、神官不在の社をよく守って今もまた社殿に詣でる所であった。

「高津さん、富永さんまで。一体どうなされたのですか?」

浦は明るい口調で彼らを歓迎し二人の側へ近寄っていった。
二人は此処へ来た経緯を改めて二人の祠掌に伝えた。彼らはある程度覚悟はしていたもののやはり驚きを隠せない様だった。

「そんな訳で、是非とも加屋先生にはご協力頂きたいのです。」

最後に高津がこう締めくくると、二人ははぁ、と頷いた。

「その加屋先生ですが・・・」

浦は高津の言葉に続いて口を開いた。その表情は少し悲しそうなものであった。

「加屋先生がどうした?」

富永がすかさず問う。

「加屋先生は全く皆とは違うお考えをお持ちですから・・・説得はそう簡単なものではありますまい・・・。」

「違う考えとやらを君は知っているのですか?」

「はぁ・・・どうもお一人で奏儀を携えて上京なさるお志の様です。私も詳しい事は知りませんが」

「上京・・・・奏儀・・・・」

富永は眉間に皺を寄せて訝し気な顔をした。

「富永君、これは急いで加屋先生の所へ行った方がいいでしょうね。」

高津に背中を押され、富永は二人に礼を述べると加藤社の山を下っていった。


-領袖考察-

総帥:太田黒伴雄姓は源、名を安国と言い、通称鉄兵衛。
副帥:加屋霽堅姓は藤原、名を楯列(後楯行)、通称榮太(霽堅)。


「凡そ天下の大事は容易に人力の能くす可き所ではない。唯天地神明の慶護によって始めて尊攘の大功を全うする事ができよう。林先生はのたまえり『神事は本なり、人事は末なり』と。思うに本立って末栄えるのは自明の理である。須らく力を其の本に致して邦家の爲に神明の冥助を斬ろう」

太田黒はこれ以降、専ら神事に励み、また一党もそれに従うが如く様々な神社へ詣で日々神々に尽くすのであった。太田黒の人物像を模索すると、資料には容貌魁偉すなわち厳つく大柄な男だと書かれている。彼はその厳しい外見とは裏腹に非常に穏やかで、熱く清冽な精神を持ち多くの諸先輩からも対等な座を与えられている。
また、彼は古き教えそのままに、自身の命までも神意に委ねている。変わり行く世に嘆きを漏らしつつも一心に神に祈りを捧げる姿は生半可なものではない。「国」という誇りを守りたいと願う純粋なまでの思いが信仰に繋がるものである。太田黒は総帥として、自らに厳しい試練を課しながらも生き神様の様な姿勢で古来の神道文化を継承し、欧化に立ち向かおうとしていたのかもしれない。


対する加屋もまた、大柄で厳しい顔立ちを思わせる容貌と記されており彼の厳格な姿勢は一党及び周囲にとっても影響力のある所とされている。彼が通ると道を譲り、また対座に当たっては襟姿勢を正して迎えるとある。加屋霽堅は果たしてそれだけ頑固で剛直な人物であったかといえば、そうでもない。彼は非常に子供を愛し、石光真清著「城下の人」でも気さくに子供達と接する優しい翁の姿が描かれている。文中では子供達(石光氏等)と熊本祇園山へ上がりふと我が身に迫る覚悟と次代を担う若者への想いと感じられる言葉がありこれを引用する。

「凡衆は水に浮かぶ木の葉の様なものだ。大勢に流されて赴く所に従うが、憂国の士はそうは出来ぬ。いつかは大勢を率いるか、あるいはこれを支えていくものだ。それを忘れてはなりませぬぞ・・・。」と、声は低いが力強く言葉を結んだ。

これこそ、神風連以下攘夷思想を守り抜いた人々より次代への願いであり、先駆けていく彼等の本願であると見て取れる。人間は木の葉に等しく時代に流れ人に流れ行くものだとし、自然摂理を述べる一方、彼は自身らを木の葉の流れではなく支えるべく器、流して導く風の如くその役割を解いているのであろうか。いずれにせよ、彼等一党の決起はまさに我々日本人とそれを支えてきた文化への危機を如何に守れるかと言う問いかけであり、その為の大きな犠牲でもあるのである。単純に聞こえる言葉にも様々な解釈はあり人それぞれにそれは違う。彼等の命がけの訴えこそ、様々に混沌する世情において必要なものと思われる。

<両帥の逸話>

・大野鉄兵衛は始めて林桜園なる名士の噂を聞くと、彼を敬慕し「斯くの如き大人に就いて道を修めたい」と望んで友・加屋栄太と諮り、中村直方(加屋の親戚)に仲介を求め並んで原道館の門を潜った。この時大野25歳、加屋23歳であった。桜園は二人を見ると大いに喜び、神道の道を説き幽明の理を講じ彼らに先の望みを以って授けた。彼は加屋と共に神道を尊信し奮って随在天神の道を体得せんと、精励力行昼夜に問わず修行とその究明に努めた。

・ある日両帥共に連れ立って同志木村弦雄を訪ねると、彼は丁度洋書を開いて究明に当たっている最中であった。これを見て一つ声が上がった。「君もまた此の毒手に酔おうとするか」と。一党の副帥加屋榮太である。それの姿を傍らにある太田黒は微笑しながら出で、「毒を知ってこれを用いる。却って薬となるだろう」と言い収めた。


大野加屋は全く似通った境遇にあって、幼い頃それぞれ父を失い、母兄弟と共に苦労を重ね貧しい中で育っていった。彼らは平生書を好み、様々な学を修めている。
林桜園に就いて原道館入りするまでにも、おそらく何らかの共通する思考的繋がりがあったのだろう。彼らは日々自分に厳しい修練を課しながら、師の教えに基づき神道の教えを実践し後身へと引き継いで行った。それらは全て日本古来の伝統を守りながら漸進しようという彼らの志であった。大野は太田黒家へ養子に入り、一層信仰深く神事に没頭しながらも一党170余名の組織を柔軟に治めていた。加屋もまた、副帥として彼とは逆に厳しい目をもって彼らを引き締め纏め上げていった。一党の縦横深い繋がりは二人の静と動という見事な均衡を持って維持されたと思われる。

-神風連概要-

西欧文明の風潮が強まり、往来を行く人々、丸腰断髪洋服と流行もガラリと変容したが、肥後熊本へはなかなかその風届かず、城下今だ大小差し髷を結った和装姿が目立っていた。次第にその肥後も徐々に広がる欧化に流されつつあったが、一部それを全く受け入れぬ一党があった。
彼らはかつて肥後勤王党という尊皇攘夷思想を据えた一団にあったが、維新以降一帯から分派して敬神党と称している。人々は彼らの平生の様やその敬神主義を取って神風連とも呼んだ。神風連とは当時彼らへの蔑称の様なものだったが、その潔さと高潔さを鑑みればそれこそ相応しい称号であるとも取れる。
以下は太田黒伴雄の建言した上書冒頭であり、また一党が最も尊きものと考えていた主張であった。

「恐くも天照大神の神風に渡らせられ神武天皇以来長きに続いて天壤と窮まりなき現御神においでになって、世界萬国の大君にぞましましける。万民も神別皇別の素性正しく、上下を上げて礼儀廉恥を尊び、忠孝仁義を国風として西洋諸国の食欲利富に飽かざる夷風とは固より日を同じくして語るべからず」

この観念こそ林桜園の指導であり、信条であった。
彼らはただ神裔たる皇室を掲げあくまで神事によって治世を治めん事を真とし、清き倭国へ夷風を移すまいと熱望したのである。嘉永以来夷諸国の来航は頻度を増し、米英佛を始め再々開港の要求ばかりを突きつけて来る。通商を、貿易を求めるならば、国際関係においても儀は除けぬものであり、古より当然然るべき表敬在らねばならない。これに対し、外人の態度、行動は如何なものか、傲慢無礼の上、乱暴軽侮であって倭大君すなわち天子に対する尊敬奉る態度では甚だない。太田黒はそれを更に上書認め建言している。

「食欲利富に飽きぬ夷等が、今通商などを理由にわが国へ度々来航しその行い振る舞いは、妄りに大砲を発し勝手に近海の測量をし我が国土をすら占領せしめんとして横暴極むるもの杯、無礼亡状言語に絶する・・・・・・」

この時より正に四方にある志士は台頭し尊攘と開国の相反する思想が対立していった。それから僅かの間に相次ぐ大乱戦乱が巻き起こり、遂に江戸3百年の天下は脆くも崩れ、彼らの信奉する王政の世となるのであった。一党の副首領・加屋霽堅はこれに歌を詠んで、

 よの塵を 祓い清めて大君の 御代あらたまの 春風ぞ吹く

と、党を挙げて喜びこの詠を斉唱し、

「四海は必ず王政の恩恵充実し、先帝多年の叡慮(天子の考え)はいよいよ今日に行われよう。」

と、眼を刮り腕を占めて天下にある同志と共に、少なからぬ希望を持って天朝の方策に繋げ、夷征伐の公挙をただ待ち望み奉った。然しながら彼らの望みとは裏腹に、新たに興った政府は夷との交易を盛んに、西欧文化の夷風を雪崩込ませるにいたる。
彼らは夷敵の軽侮を制するも能はぬその様に痛憤深恨止まぬものであった。こうして新政の経営と一切挙がらず退いて空しく悲憤をもって肥後の天地に鬱積したのである。

同志交流の間

偲奉士の皆さんの交流の場。
引き続きご利用下さい。


http://www.shinpuren.com/cgi-bin/protect/protect.cgi

偲奉士・暁烏殿作

アップロードファイル 17-1.jpg

太田黒伴雄・河上彦斎

偲奉士・数珠丸殿作

-和歌-
<新年に向け>

明く年の さやけきつごもり 天照らす 憂しと見し世に なほ届かまほし(字余り)

-ヒップホップリリック-

同志あらば聞け 俺の造旨深き韻律 近日じゃ御無沙汰の脳沸かす韻術で斬る夷狄するために歩いてきた侍

失われかけてきた心取り戻すためさすらい ながら大和魂どうこう説くが邪魔と騙し横行 危惧すべき兆候明らか

なのに濃厚極まる精神の退廃に歴戦も敗退、どうなる日の本 憂きの音の分かる武士は今何処いないなら築こう

日出ずる猛き島に気生くる我が生き様

-漢詩-


開闢この方亦無き蒼天

覆う所是れ無きも

我が心暗澹たり

蓋し日の本に日射さず

社禝乱るるも形骸を為し

衆生大いに安んずるが如し

精神爛堕此れ甚だしく

神代この方例し無し

志或るはいくばくなれど

目明き寡うして如何せん

父祖嘆く九泉の下

皇祖嗤う高天原

いずくんぞ拱くを得んや

赤心まさに鬱々たり

作品募集

イラストや漫画、小説、詩、和歌、論文等、偲奉士の皆さんからの創作品を募集しております。

kakuka@rio.odn.ne.jp までお送り下さい。

剣豪3プレイ記27

アップロードファイル 66-1.jpg

決着はついた…。



以上だ。

剣豪3プレイ記26

アップロードファイル 65-1.jpg

伊賀に来て100日が過ぎようとしていた。荒木又右衛門殿もそろそろ落ち着いただろう。真剣勝負を申し込みに行った。又右衛門殿は快く勝負に応じてくれたが、これでまたどちらかが命を落とすことになるのか…。
剣に生きる人間、紙一重の人生を歩む者たち。その全ての…あ、そう言えば新しいパソコン買っちゃいました♪

剣豪3プレイ記25

アップロードファイル 64-1.jpg

宍戸さんをぶっ殺してしまった…。しかし真剣を使う以上、お互い覚悟の上での勝負だったのだ。鎌女も頭ではそれを理解しているもののやはり心では許せないらしい。無理もない…。
二人の関係は師弟以上、恋人未満ってところか。私も弟子をとるなら女がいいな。
なぜなら師弟関係が89%、愛に変わるから。

剣豪3プレイ記24

アップロードファイル 63-1.jpg

鎌女は私が闘う意思が無い事を悟ると、自分の師匠を紹介すると言い出した。鎖鎌使いの達人、宍戸某(某とは変わった名前だな…)人里はなれた山中にひっそりと小さな小屋がありそこに二人で住んでいるそうだ。…。
宍戸さんと手合わせ願いたいがどうやら先客がいるらしい。宮本武蔵!しかし私はいざとなったら我慢できない性分なので、先に勝負をして欲しいと願い出た。
鎌女はそんな私を複雑な表情で見ていた。

剣豪3プレイ記23

アップロードファイル 62-1.jpg

そろそろお金も無くなってきた頃なので、伊賀の口入屋へ通いつめる事にした。そんなある日親爺から、近頃山中に賊が出没し鎖釜を持って暴れていると言う情報を入手した。そこで早速賊退治の以来を受ける。
山中に赴いたところ、釜を持った奇妙な娘に出会った。こいつが賊の親分か?娘は私が賊退治に来た者だと察し勝負を挑んできた。
あまり顔は好みじゃないが、女に刃を向けるのはもっと好みじゃない。

剣豪3プレイ記22

アップロードファイル 61-1.jpg

仇討ちに協力し無事、果たした!又右衛門殿も全身で喜びを表現しておられる。しかし彼の剣裁きはすごかったな。いつか真剣で勝負をしてみたいものだ。
さて又右衛門殿もこれから忙しいらしいからな…。
そろそろおいとましよう。

剣豪3プレイ記21

アップロードファイル 60-1.jpg

男に加勢して暴漢たちを追っ払った。
彼の名は荒木又右衛門。なかなか濃い男だ。先ほど茶屋で気絶した私を介抱してくれたのはどうやらこの御仁のようだ。義弟の敵討ちに行く途中だったらしい。私は又右衛門殿に協力する事にした。
それにしても濃ゆいなぁ。

剣豪3プレイ記20

アップロードファイル 59-1.jpg

次に訪れたのは伊賀。早速腕鳴らしをしようと茶屋へ入ったのは良いが…私としたことが、自流を名乗った途端油断してしまい一回戦で負けてしまった。しかも打ち所が悪く、そのまま気を失ってしまったらしい。
気が付くと宿屋の布団の上だった。…誰が私を介抱してくれたのだろう。何か分かるかも知れないのでもう一度あの茶屋へ行くことにした。
その途中。一人の男が大勢に囲まれてリンチ寸前という場面に出くわした。ぬぬぬ!これは手助けせねば!!

剣豪3プレイ記19

アップロードファイル 58-1.jpg

次の日、先生に優勝の報告(見ていただろうけど)をしに行くと、自流を立ち上げるよう勧められた。
そうか…うむ、私も諸国を放浪し剣豪と闘い、随分腕を上げたのだ。そろそろ自分流を名乗るのもいいかも知れない。名前は何にしようかな。
…「うんこ流」ではありきたり過ぎるかな…。
よし、いつか自分に子供が出来たら付けようと思っていた名前「ヨチヨチ流」で行こう!

剣豪3プレイ記18

アップロードファイル 57-1.jpg

三大道場諸流試合。どうやら坂本竜馬や桂小五郎などは出場していないようだ。そういえば武市半平太さんも私が入門した時にはもういなかったな…。試合は雑魚をかき集めて行われ、当然私は優勝した。桃井道場の優勝だ!
試合の開会閉会の挨拶をした斎藤先生の顔が始終引きつっていたような気がする。
さて先生には明日にでも会いに行こう。

剣豪3プレイ記17

アップロードファイル 56-1.jpg

道場に通い続けて何日か過ぎたある日、先生から「三大道場諸流試合」に出てみないかとの誘いがかかった。
江戸三大道場がそれぞれの技、精神を互いに磨き学ぶための親善試合だそうだ。それに桃井道場代表として客人の私に出て欲しいらしい。
先生何だかんだ言って狙ってる。ビクトリーを。

剣豪3プレイ記16

アップロードファイル 55-1.jpg

三大道場に世話になろう。どれにするかは予てから決めておいた。
鏡心明智流!…子供の頃からの憧れだったももももも、桃井先生と手合わせをしたいっ!私は勇んで道場の門をくぐった。
歓迎された。痛かったけど。

剣豪3プレイ記15

アップロードファイル 54-1.jpg

さて、ようやく江戸に着いた。さすがは大都会。田舎者の私にとってはまばゆい世界だ。当然一通りの施設は揃っているし、なんと言っても道場の格が高い!
江戸柳生道場に三大道場。
うむ、これからどうしよう…。
とりあえず道場破りから始めるか!

** 当会意義 **

アイコン

神風連偲奉会<しんぷうれんしほうかい>は読んで字のごとく、死して神となった敬神党一党の先生方を偲び奉ずる会です。
それと同時に自分自身の身の置き方を見つめ直し、少しでも彼らの高潔無垢な魂に近づこうと言うもの。その方法は人それぞれ違うかも知れませぬが、以下の三つを当会の合言葉とし、それを心に成長して参りたく存じます。

・正義<せいぎ>(自身の正義を確立する)
・友愛<ゆうあい>(仲間への思いやり、助け合い)
・復古調<ふっこちょう>(当会主題)


皆様、是非この三つの精神を大切に、神風連偲奉士としての誇りを持ちこの一年お過ごし下さい。

※小中学生の皆様には少し解り辛い精神かも知れませぬが、
出来る範囲で守って行きましょう。

剣豪3プレイ記14

アップロードファイル 52-1.jpg

江戸へ向かう途中の茶屋で休んでいると、外から悲鳴が聞こえた。
「物取りだー!」
見ると賊らしき男が盗んだ財布を持って走ってくる。私が捕まえようとすると、一足先に茶屋に居合わせた隻眼の剣士が刀を抜き、あっという間に賊を斬り倒す。
そして…そのまま自分の懐へ財布をしまったのだった。一瞬…まさに一瞬の出来事だった。

剣豪3プレイ記13

アップロードファイル 51-1.jpg

柳生兵庫助殿の元でしばらく修行した私は今度は江戸へ旅立つ事にした。 兵庫助殿…。
いい人だったのだが…修羅の道を目指す以上いつかは真剣での勝負を申し込まねばなるまい。いずれにしてもまだ先の事だが。

剣豪3プレイ記12

アップロードファイル 50-1.jpg

次の修行の場は尾張。尾張にはかの有名な柳生道場があるという。 ここでしばらく修行しているうちに、道場主の柳生兵庫助殿と仲良くなった。
うむ、この人は今まで会った人の中ではまともそうだ…。

剣豪3プレイ記11

アップロードファイル 49-1.jpg

(コンティニュー5回目にして)ようやく胤舜を倒すことが出来た!恐ろしい強さだった…。
さて次はどこへ行こうか。

剣豪3プレイ記10

アップロードファイル 48-1.jpg

胤舜との真剣勝負だ!
こ、こやつ…強い!長槍をブンブン振り回し、チョコマカと動くので下手に近づけない。おのれ…調子に乗りおって…。
「胤舜!貴様の髪の毛一本もこの世に残さぬっ!」
むっ、怯んだぞ?よし今だっ!

剣豪3プレイ記9

アップロードファイル 46-1.jpg

宿屋の親父に宝蔵院の場所を聞き、早速尋ねてみる。
出た。坊主だ!槍の使い手だ!彼の名は宝蔵院胤舜。何とも奇妙な男だった。とにかくそこで修行させてもらうことにしたのだがある日突然…胤舜が言いだした。
「俺と真剣勝負が出来るか?」
私は答えた。
「ぇぅん。」

剣豪3プレイ記8

アップロードファイル 45-1.jpg

吉岡道場を後にした私はついでに京で宿をとることにした。そろそろ京を発とうと思っていた所だが宿屋の主人に宝蔵院の存在を教えられる。そこには槍の名人がいるそうだ。
明日行ってみよう。

剣豪3プレイ記7

アップロードファイル 44-1.jpg

一刀斎先生に別れを告げたあと、再び京の吉岡道場を訪れた。(実際は武蔵の挑戦状が来た直後京を出て、再び京に入る)
…が、清十郎殿の姿が見えない。師範代の話によると、あの後彼は宮本武蔵の挑戦を受け、そして…敗れたそうだ。かなりの重傷を負い、今も床に伏しておられるらしい。清十郎殿の弟、吉岡伝七郎殿は兄の仇を打つべく武蔵を追って旅に出てしまった。
………ついに閉鎖か吉岡道場!?

剣豪3プレイ記6

アップロードファイル 43-1.jpg

先輩との真剣勝負を放棄した私は二人に見つからないようにこっそりここを発つことにした。しばらく歩いていると目の前に一刀斎先生が現れた。の行動を見抜いていたのだろう。
理由を説明すると先生は理解してくれたが。典膳先輩は怒っているだろうな…。

剣豪3プレイ記5

アップロードファイル 42-1.jpg

一刀斎先生のもとで修行を積んで幾日か経った。そんなある日、典膳先輩が「一刀斎先生の後継者は一人でよい」と、私に真剣での勝負を挑んでくる。応じるか否か、明日までに決めろとのこと。私は…こっそり修行場を抜け出した。
先生も先輩も呆れるだろうな。

剣豪3プレイ記4

アップロードファイル 41-1.jpg

清十郎殿と別れた私は京を出て東へ向かう。次なる修行の場は上野。そこで伊藤一刀斎という剣士に出会い、弟子入りする。この一刀斎教室は先生はともかく先輩がちょっと嫌な人だ…。まぁしばらく頑張るとするか。

剣豪3プレイ記3

アップロードファイル 39-1.jpg

あの危ない剣士からなんとか逃れた私はまず京都の吉岡道場を訪れた。そこへ出入りしている内に道場主の吉岡清十郎殿と親しくなった。数日後、私は彼からとある相談を受ける。
清十郎殿宛てに挑戦状が届いたらしい。送り主は…なんと!あの宮本武蔵だった!!

剣豪3プレイ記2

アップロードファイル 38-1.jpg

旅の途中、剣豪同士が斬り合いをしているのを目撃してしまった。青い着物の朱鞘の剣士が一瞬にして相手の男を斬り倒す。…そして、私の方に振り返った。
私「こ、こんにち…」
男「お前も斬られたいか?」
私はその場を後にした。

剣豪3プレイ記

アップロードファイル 37-1.jpg

今日、私は世話になった養父の元から旅立つ。養父から受け継いだアイテムを装備し、日本中に散らばる剣豪達との闘いを求め、生まれ育った故郷を後にする。
目指すは ―修羅の道―